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官と民の壁、職種の壁、年齢の壁・・・
私たちの身の回りにある様々な目に見えない「壁」をCross-overし、
多様な「人財たち」がより良い社会の実現に向けて協働するきっかけを創り出す触媒、
それが官民協働ネットワーク Crossoverです。
     
2014年11月

陸前高田スタディ・トリップ 旅の足あと

~ バ・バ・バ・バ!半端ない魅力・活力と出会う旅 ~


1.はじめに   2.全体スケジュール   3.各ミーティングの様子   4.参加者の感想
①陸前高田市役所訪問  ②アップル・ガールズの皆さんとの昼食・対話

③八木澤商店 河野社長との対話  ④陸前高田の復興に向けて活躍する官民の若手との懇親会

⑤ツールド三陸、横田町あゆの里まつりの様子  ⑥奇跡の一本松との対面

⑦広田町仮設住宅の皆さん、大船渡高校の高校生との対話  ⑧大和田リンゴ農家訪問

⑨椿の種拾い  ⑩NPO法人Save Takada訪問



1.はじめに


ホヤ、カキ、ホタテやワカメといった魚介類・海藻の養殖や風光明媚な高田松原で知られ、海沿いの平野部に市役所やJR大船渡線の駅などが集まっていた岩手県陸前高田市は、東日本大震災の津波により人口の約7%に当たる1,771人もの市民を亡くし、約9,000世帯のうち全壊約3,159戸を含む3,368戸が被災しました。
人口は震災前の約2万5千人から約2万3千人まで減少。震災発生以前からの課題であった農業や中小・零細企業の後継者不足、若者の流出、そして人口減少がより一層先鋭化する中で、被災から約3年半が経過した今、市民の生活・仕事の再建を軌道に乗せる様々な取組みや事業とあわせて、長期的に目指すべき「私たちの街の姿」を思い描き、それを実現するための試行錯誤が続けられています。

今回、11月初旬の3連休を利用して、官民協働ネットワークCrossoverのスタッフ9名(池田、川合、識名、城、菅原、田中宗介、田中里沙、福嶋、三宅)は、復興の現場第一線で戦っている人々の声に耳を傾けながら、復興の現状や今後の課題について学ぶべく、陸前高田市を訪問しました。
陸前高田市は、Crossover創設メンバーの一人であり、これまでその活動に貢献してきた久保田崇君が、2011年8月以来、副市長として、戸羽太市長を支えながら、市役所の職員の皆さんや市民の方々とともに、復興に汗をかき、知恵を絞っているという意味で、Crossoverのスタッフにとって、ご縁のある土地でもあります。

そんな陸前高田の街でCrossoverのスタッフを待っていたのは、街の厳しい現状や将来の見通しを冷静に見据えつつも、広い視野とアイディア、地にしっかりとついた足、機会を求めて貪欲に飛び回るフットワーク、走りながら懸命に考え抜く知的・精神的耐久力、そして故郷への強い想いをもって圧倒的に困難な課題と向き合い、そしてそれを乗り越えていく、強くて優しい人々との出会いでした。

忘れがたい対話や風景との出会い満ちた濃密な3日間を象るキーワードを敢えて一つ上げれば、「自立と共生」。人間も、地域も、そして国も、自分の足で立たなければ明日はない。しかし、自分だけ立とうとしても、長く立ち続けることはできない。
厳しさと愛情を胸に抱きながら、自分を超えた誰か、何かに尽くすために、自分を磨き続ける生き方の尊さとカッコよさを教えてくれた、陸前高田で出会った皆さんとの時間を、その時に感じた思いを、賞味期限が永遠に来ることのない「真空パック」に閉じ込めて、未来の自分に届けるべく、旅の足跡をまとめました。
陸前高田の皆さんへの感謝とエール、そして陸前高田を育んできた自然と歴史への敬意を込めて。

官民協働ネットワーク Crossover
スタッフ代表 池田洋一郎

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2.全体スケジュール

11月1日(土)
 7:40~9:44  東京駅 → 一ノ関駅
 10:00~12:00  一ノ関駅 → 陸前高田市(by レンタカー)
 12:00~13:30  オリエンテーション&復興概況説明
 @陸前高田市役所(久保田副市長、桑原さんより)
 ・今回のトリップ行程と陸前高田市復興の全般的な説明
 13:30~15:00  アップル・ガールズ菊池清子さんのお話@米崎街和野会館
 ・手作りのお弁当をいただきながら避難所の様子等
 15:00~16:00  市内視察(一本松(チラ見)、巨大ベルトコンベヤ、被災道の駅、震災情報館等)
 16:00~18:00  八木澤商店河野通洋代表取締役社長の講話@箱根山テラス
 ・中小企業の立て直し、今後の展望等について
 18:00~22:30  懇親会@市内の居酒屋「参吉」
 22:30~  就寝@箱根山テラス / 2次会
11月2日(日)
 7:30~  ツールド三陸 開会式@高田第一中学校仮設グラウンド
 8:00~9:30  ・久保田さん、宗介の出走見送り
 9:30~12:00  奇跡の一本松との対面(麓まで)
 12:00~  横田町「あゆの里まつり」
 14:00~  帰京第一陣(福島、三宅):陸前高田市から気仙沼経由で帰京
 広田町仮設住宅の皆さん、大船渡高校の高校生との対話@広田地区の仮設住宅
 ・自分達の状況や悩みが行政に必ずしも届いていない、汲み取ってもらえていないと感じている人達と
 向き合う時間
 16:30~20:46  帰京第二陣(菅原、田中×2):陸前高田市 → 一ノ関駅 → 大宮駅
11月3日(月) 池田、川合、識名
 9:00~10:30  米崎町リンゴ農家訪問
 11:00~13:00  気仙椿ドリーム・プロジェクトのメンバーと椿の種拾い、意見交換
 14:30~16:00  NPO法人Save Takada訪問 意見交換

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3.各ミーティングの様子

① 陸前高田市役所訪問

・JR一関駅で借りたレンタカーを走らせること約1時間半(うち一名は一関から自転車を走らせること約2時間半…)、冷たい雨が降る中でプレハブの陸前高田市役所前にたどり着いたCrossoverスタッフを笑顔で出迎えてくれたのは市役所職員の桑原祥作さん。
桑原さんは、今年5月までリクルート・ライフスタイル社で旅行サイト「じゃらん」担当として活躍されていたが、今は、被災地が必要とする人材を企業等から現地に派遣するために復興庁が用意した「Work For東北」プログラムを通じて陸前高田市に赴任、現在、観光と復興を結び付けるべく奮闘している。

・Crossoverスタッフは、市役所のミーティングルームにて、翌日に開催される「ツールド・三陸」イベントのスタッフのロゴがプリントされたグリーンのTシャツに身を包んだ久保田副市長から、被災前、直後、そして現状の写真とプレゼンテーション資料を基に、津波の被害、復興の現状と課題について30分程度の説明を受けた。久保田副市長からの説明のポイントは以下の通り。

- 津波により、陸前高田市役所庁舎は屋上まで水没し全壊。職員295名のうち68人、約4分の1を失った。残された職員の多くも、例えば、奥様を亡くされた戸羽市長のように、家族や家財を失い、自分の生活の基盤を立ち上げなければならない被災者の一人。
他方、市職員としての業務量は膨大で震災前の数倍に膨らんでいる。そんな陸前高田市役所をサポートするべく、他の自治体や民間企業から派遣されている桑原さんのような応援職員は40名に上るが、全体の職員数は震災前の水準にすら届いていない。

- 極めて厳しい状況だが、水没して使用不可となった建物の解体も含め、がれきの処理は100%終了、鉄道もバス形式(BRT:Bus Rapid Transit)で全路線再開するなど、復興の基盤整備はおおむね終了。現在は本格的な復興を展開するフェーズに移っている。

- 目下の最重要課題は住宅再建。高台での住宅造成工事は一部着工しているものの、未だ被災者の70-80%程度が仮設住宅住まいを続けている。仮設住宅は狭くて寒く、防音がされていないため、プライバシー確保にも難あり。また、小中学校のグランドに建設されているため、仮設住まいが続く限り、児童はグランドを利用することはできない。

- 移転先となる高台の盛り土や防潮堤の造成に必要な土は近隣の山を削って確保。この土を、山から海辺の平地まで運ぶために全長約3キロメートルの巨大な橋のようなベルトコンベアがつくられ、今年4月から稼働している。土の総量は東京ドーム約5万個分であり、トラックで運べば9年はかかるところ、ベルトコンベアのおかげで1年2か月に短縮される。

- 「防災集団移転促進事業」に基づき、市は被災者から被災前の所有地を買い取る。被災者はその資金等を元手として高台に一世帯100坪上限で土地を買い取り、その土地に新居を立てることになる。一方、「災害公営住宅」への入居・賃貸も可能。なお、公営中の家賃は所得に応じることとされている。

1 岩手・宮城・福島3県の32沿岸市町村のがれき処理・処分割合は、災害廃棄物97%、
  津波堆積物92%(平成26年3月末現在、出展:復興庁「復興の現状」)

2 被災地全体の進捗状況は以下の通り(平成26年3月末現在、出展:復興庁「復興の現状」)。
  復興住宅:用地確保済み:81%、整備完了:11%
  防災集団移転:事業計画の住民同意:100%、造成工事着工:92%、工事の完了:22%


② アップル・ガールズの皆さんとの昼食・対話

・アップル・ガールズはリンゴ農家などを含む、かわいくて、明るい地元のお母さんたちのグループ。津波を機に、「落ち込んでばかりいるのではなく、自分たちで何かできることはないか」という想いで立ち上がり、相互の助け合いネットワークを構築、様々な活動を続けてきた。

・地元の食材をふんだんに使った手作りのお弁当とお漬物、広田湾で取れた新鮮な生カキや分厚いホタテ、甘味のようなサツマイモ、地元産のリンゴでつくったリンゴ・ジャムなど、食べきれない程の昼食を用意して下さり、Crossoverスタッフ一同、皆心もお腹もいっぱいに。

・食後の運動もかねて、アップル・ガールズのプロデュースでつくった「奇跡の一本松」を祈念する歌「陸前高田の松の木」を4番まで皆で歌って踊る。7万本の期の中で、ただ一本だけ津波に耐えた「奇跡の一本松」の力強さをもって命をつなぎ生きていこう、という歌の詞、チャーミングなアップル・ガールズの皆さんの笑顔、そして頂いた沢山のお土産を胸に抱きながら、次の目的地へ。



③ 八木澤商店 河野社長との対話

・八木澤商店は、1807年に酒造業、醤油醸造業を手掛ける八木澤酒造として創業以来、200年以上にわたり陸前高田で事業を継続してきた老舗企業。
今回は、八木澤商店9代目の社長である清水通洋氏より、会社の経営理念や地域への貢献、会社と陸前高田の復興に向けたこれまでの行動の軌跡を伺った。

- 八木澤商店は「たとえどんな経営環境になっても必ず生き残れる企業」であり続けてきたし、これからもそうありたい。会社経営理念の背景にあるのは、近い将来、日本は「冬の時代」即ち「食料をはじめとする資源枯渇の時代」に直面するという危機感。

- 経営者にとって重要なことは、①経営理念を広く共有すること、②正確な現状認識を持ちつつ「絶対にあきらめない」こと。

- 前者について、八木澤商店では小中学生の課外授業向けに提供している醤油醸造参加体験の機会に、社員を教師役として参加させ、子供たちからの「なぜ、なんのために働いているのか」という素朴な質問と向き合い、自分の言葉で話す機会としている。
こうした機会を持つことで、社員は、経営理念について自らインプットし、それを具体化するためのアウトプットを日々の仕事の中で求める動機を持つことになる。

- 農業は構造的な赤字業種だが、一度撤退したら再開するのは極めて困難。中間搾取をなくし、地産地消のシステムを作っていくことで、持続可能なビジネスとなり得る。

- 八木澤商店がメンバーでもある陸前高田を含む気仙地域の中小企業経営者のネットワークである中小企業者同友会では「一社もつぶさず、一丸となって地域へ貢献する」ことをモットーとしつつ、粉飾決算等経営者の正確な現状認識の妨げとなる行為については、厳しく率直に指摘しあう緊張感と、「最重要の経営資源は人」であり、「人件費はコストではなく投資である」という考えを共有しながら、結束を高めてきた。

- そして、東日本大震災が起こった。津波により八木澤商店も蔵、製造工場ともに全壊、流失する甚大な被害を受け、事業が継続できない状況となった。しかし、こうした環境にあっても「絶対に人は切らない」と自分に言い聞かせ、4月からの採用予定者も含め、全員の雇用を維持した。
雇用維持に当たっては、政府が用意した「雇用調整助成金」の活用に期待したが、社員名簿等、申請に必要な書類が津波で流され手元にない。しかし、かつて社員向けに配布した資料を従業員が自宅で丁寧に補完してくれていたため、申請に役立てることが出来た。

- 被災後しばらくの間は、国内外から寄せられる支援物資の配送を請け負いつつ、岩手県の内陸に営業拠点を移し、岩手、秋田、宮城、新潟各県の醸造蔵に製造を委託、その商品の販売を開始した。
財務面でも、資産を一気に喪失したため債務超過に陥ったが、復興支援会社からの義捐金と劣後融資、そして金融機関による債務交換等によりバランス・シートを改善させ、経営再建の基盤を再構築した。

- 震災前から作り上げてきた絆を活かして、事業継続に向けて一致団結して臨んだ結果、中小企業者同友会のメンバー89社のうち、廃業は1軒のみ。

- 復興に当たっての最大の脅威は「自立する力」を失うこと。政府が用意した様々な補助金も、企業側が受け取ることを前提に事業計画を立てたのでは必ず失敗する。少なくとも一度は、補助金無しで事業を成り立たせるにはどうしたらよいかを、真剣に考え、どうしても出来ない場合にのみ、必要最低限の公的支援を活用するべき。

- 復興をさらに前に進め、人口減少や高齢化といった難題を乗り越えるモデル地域として世界に輝く陸前高田市をつくるために、現在、岩手県中小企業家同友会や一般社団法人ソーシャルビジネス・ネットワークの協力を得ながら歩みを進める復興まちづくり会社「株式会社懐かしい未来」を立ち上げた。「懐かしい未来」は地元の資源を活かしながら、社会の今日的課題に応えるための事業と雇用を創るために様々な活動を内外の志のある仲間と展開している。

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④ 陸前高田の復興に向けて活躍する官民の若手との懇親会

・陸前高田で復興の先頭に立つ官民の若手有志11名と、Crossoverスタッフ8名による懇親会を久保田副市長おススメの市内居酒屋「参吉」にて開催。官と民、地方と都市の壁をCrossoverして、白熱した議論や共感に満ちた対話を共にした。

・会は、久保田副市長の挨拶から始まり、池田代表がCrossoverの想いを伝え、杯を交わしたところで、自己紹介タイム開始。各自1~2分の予定だったが、モチベーションの高い各参加者の自己紹介は、カモシカ・トーク(カモシカは国の天然記念物だが、交通事故の憂き目にあったカモシカの亡骸は、市の"清掃センター"の担当となるという衝撃な事実)や陸前高田の方言
「バババ!」(標準語では「なんと!」や「そうなんだ!」に相当)の紹介など、ユニークかつボリューム満点だったため、途中に休憩を挟むこととなった。

・陸前高田側の参加者の中には、東日本大震災で家や家族を失った方もいたが、これからの陸前高田の未来を描き、今できることを自らが動いて実行してようという熱い気持ちを持っていた。特に印象に残っているエピソードとしては、「震災で人口が減り、このまま何もしないでいると陸前高田市が地図上から消えてしまう。
だから自分達で動かないと」と訴える声。日本全体に共通する課題である人口減少について、陸前高田市は主体的に受け止め、対応策を講じようと若手が動き出している。


・今回のこの出会いが、陸前高田や日本の問題解決に向け、分野をCrossoverして協働していくきっかけになることを願って懇親会は終了(以降、二次会に続く…)

<陸前高田市からの参加者>
 ・久保田崇さん: 陸前高田市副市長
 ・伊藤雅人さん: 陸前高田市観光物産会事務局
 ・伊藤英さん: SAVE TAKATA渉外・広報担当
 ・及川晃一郎さん: 陸前高田市企画部まちづくり戦略室
 ・大和田貴史さん: 愛の果樹園直売所(りんご農家)
 ・岡本翔馬さん: NPO法人桜ライン代表
 ・桑原祥作さん: リクルート・ライフスタイル社から陸前高田市商工観光課に派遣
 ・千葉愛実さん: 陸前高田市長寿社会課保健師
 ・坪井奈穂美さん: 気仙椿ドリーム・プロジェクト
 ・吉田悠さん: 陸前高田市教育委員会生涯学習課
 ・渡邊さやかさん: 一般社団法人 re:terra 代表

(スペシャルゲスト)
 ・戸羽太陸前高田市長


⑤ ツールド三陸、横田町あゆの里まつりの様子

・陸前高田市滞在二日目は、雨模様だった前日とは打って変わって、真っ青な何もない美しい空。まさに、ツールド三陸の参加者のために用意されたような晴天の中、約1,000名の参加者が陸前高田に集結した。

・ツールド三陸は、甚大な被害を受けた三陸の街づくりを支援すること、そして参加者はもとより被災地の人々にサイクリングを楽しんで欲しいとの思いから2012年より毎年開催されている。

・Crossoverメンバーから、久保田と田中宗介が参戦!田中は東京から新幹線に乗せて、久保田はご近所からのレンタルで、それぞれの愛車を調達した。

・ツールド三陸は第1回目から継続して参加している人が多くいるとのこと。毎年復興に向かって歩み続ける街並みをサイクリングで眺める。陸前高田ならではのイベントに私も非常に強い関心を覚えた。

・他のメンバーは、その後横田町で開催されている"あゆの里まつり"へ。気仙川は、天然のあゆが採れる貴重な清流。新鮮なあゆを丸ごと食したり、もちつきに参加したりと食べてばかりいたが、陸前高田の食の充実さを実感。そして、何よりも地元の方々の温かさに触れ(「お兄さん若いから!」というだけであゆの塩焼きを一匹サービスしてもらった!)、まつりを心から楽しむことができた。



⑥ 奇跡の一本松との対面

・「こんな静かな場所に津波が押し寄せたのか・・・」奇跡の一本松との対面を迎えて一番に感じた印象だった。周囲はただ静かに波が押し寄せる場所。後ろを振り返れば、高台づくりに必要な土を近隣の山々から運ぶ巨大なベルトコンベアが視界を埋め尽くす。

・ここにかつて風光明媚な松原があったとは信じられない。そして、その松原をなぎ倒した津波が押し寄せたこともまた信じられない。しかし、一本松はそれが事実であったと強く主張するように佇んでいた。

・かつては「高田松原」として多くの人々に愛された松原は津波で破壊された。しかし、唯一1本だけ生き残った松があった。そして、それは「奇跡の一本松」の愛称で東日本大震災の復興のシンボルとして世界中の人々に愛されるようになった。

・多くの支援を受けて保存活動が行われてきた一本松は、2012年5月に枯死が確認された。しかし、後世に受け継ぐことを目的に、市は一本松をモニュメントとして保存することにした。その費用は全額世界中の有志から寄せられた寄付で賄われており、税金は一円も投入されていない。

・周囲にはあの八木澤商店が運営する茶屋もあり、震災の経験を観光を通じて伝える環境も徐々にではあるが、整ってきているように感じた。


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⑦ 広田町仮設住宅の皆さん、大船渡高校の高校生との対話

・現在は瓦礫処理の仕事をしながら消防団員として地域貢献をしている鳥羽さんから震災直後の様子について、ご自身の経験に基づくお話を聞くことができた。鳥羽さんは、震災が発生後に着の身着のまま避難したのでジャージだった。当時、消防団として給水するのを手伝った。真水が使えないので仕方なく海から汲み上げるしかなかった。強い風に吹かれて凍えながら作業をした。
鎮火したあと、避難所に向かうと焚き火をしていた。行政からは二次被害を避けるために、焚き火が禁止されていたが、それ以外に暖をとる方法がなかったので助かった。毎日、遺体の回収作業にあたっていた。昼食はパン一個、わずかなおにぎりの配給という厳しい状況で、生活水も不足していて、遺体回収作業をしたその手で食事をするなど衛生面も問題だった。

・半島でもある広田地区は、津波により?陸の孤島”となってしまったため支援物資が届きにくい状況にあった。情報通信もほぼ遮断され、携帯電話がかろうじて通じる場所は、避難所近くにある30cm四方のごく狭いスポットのみだったので、そこに立って必要なものをリクエストした。その際、大手ECサイト「Amazon」が提供する「ほしいものリスト」という機能は役立った。
支援者が被災者の代わりに買ってくれて、必要な物資が届くサービスで、そのときのリストは今後の支援のあり方を考える上で参考にして欲しい、とのことだった。



・被災者は互いに助け合った。皆で共同トイレを設置した他、海水と泥にまみれた重機を分解して直し、車が通れる道を作るなど、各人が、それぞれの専門を活かして行政の助けに頼ることなく、迅速に極限状態を乗り切った。地域の高齢者の女性も多大な貢献をした。浸水していない昔の山道や、飲料水の場所など、古くから住む人の知識は大変役だった。このノウハウは後に、津波の浸水域、公式の地図には掲載されていない近道、湧き水の場所等を地図にプロットして避難の際に役立てる「逃げ地図」の作成へとつながった。最近、「逃げ地図」のアプリ版が世界銀行の防災コンテストで受賞をする結果につながった。自治体には、こうした防災のノウハウや実績を「ヒロタモデル」として、積極的に世界へ発信してもらいたい、と期待がかかっている。

・さらに防犯においても、避難所生活から仮設住宅に移動した際、被災者支援を装った不審者からの保護を目的とした夜回り活動を自主的になされるなど、共助の体制ができていった。

・こうした自主的な公助活動が出来た理由について、この地域に特別な体制があったわけではないとの話があった。連帯感を示すものとして地域の行事として、年に1回、旧正月に集まって飲む風習があったくらいだとのことだった。飲み仲間のうちから自然とリーダーとなる人が現れ、助け合いの中から形成されていった。

・復興の状況について、漁業にあたっている当事者の声を聞いた。漁船の補償が9割もらえたことで、ほぼ震災前に近い状況で再開ができている。しかし、牡蠣の養殖をしている生産者の立場からは、区画整備事業での泥が養殖場の生産物に混じることに寄る市場価格への悪影響を懸念が表明された。

・将来の陸前高田のあるべき姿について、様々な夢が語られた。鳥羽市長が提唱する「陸前高田を200万人が住む町にしよう」への賛同と併せて、浮体式洋上風力発電の研究施設と大学ができて、若い人や世界中の高度人材が集まるような町になったらいい、との希望溢れるビジョンが示された

<参考>
世界銀行の防災をテーマにしたコンテストで受賞したアプリ 「逃げ地図2.0」
風車


⑧ 大和田リンゴ農家訪問

・前日の懇親会で意気投合した大和田さんのリンゴ農園に、急遽訪問させて頂くことに。

・突然のお願いにも関わらず快くご家族総出で歓迎してくださった。

・お父様のお話は下記の通り

- りんごの収穫後に震災が起こった。海産物はすべて被害を受けたため、当時は陸前高田で残ったのはリンゴだけ、という雰囲気だった。ただし、多くの農家は後継ぎがいないことに悩んでいる。りんごは接ぎ木を重ねてじっくり育てるため、満足のいく実りを得るまでには相当な時間がかかる。後継者が見つからずにリンゴ園を一度閉めてしまえば、同じ味のリンゴを得るためことはできない。

- 大和田リンゴ園もいろんな種類を接ぎ木して美味しいリンゴをつくる努力を重ねてきた。この時期は「ほくと」という品種が一番美味しい。ここまで木を育てるのに30年かかった(いただきましたがとても美味しかったです!)

- 大和田リンゴは直売所を持っており、りんごビール等オリジナル商品をつくっている。農協を介すると販売価格が安くなってしまうが、防虫を手伝ってもらえる等のサポートがあるため、高齢者の多い農家の多くは農協に頼っている。

- 農業は台風、鳥害、虫害などのリスクが高く、専業では採算があわないため、他に色々な副業をしている農家が多い。売り物にならないリンゴをジュースにして販売する農家は多いが、供給過多気味。また、会社員退職後に親の果樹園や農地を引き継ぐケースも多い。


・お話の後は実際の農園を見学する。普通にしていたら採算が合わない農家を引き継ぎ、アルバイトをしながら本業も黒字化すべく工夫している大和田さん。

・「この木は嫁と付き合いだした時に植えたんです」とはにかむ様子は普通の若者


⑨ 椿の種拾い

・一般社団法人 re:terra 代表.の渡邊さやかさん、坪井なほみさん、地元の高校生&小学生ボランティア3人、そしてCrossoverスタッフ3人の8人でハンドクリームの材料となる椿の種を拾う。

・将来外交官のように世界に飛び出したい高校生と未来や仕事について盛り上がりながら、たくさんの種を拾うことができた

・re:terraの設立ストーリーは以下の通り
2011.3.11
- 気仙で50年以上椿油をつくっていた石川製油所が津波で被災。
- 機材、施設が全て流され、後継者の政英さんが犠牲となった。
- 個人での再建は非常に困難として、石川代表は4月末に廃業を決めた。
- 一方、同じく気仙にあった身体障害者授産施設「青松館」は、高台にあり被害はまぬがれたが、協力業者の被災によって事業(廃天ぷら油で製造するBDF燃料精製事業)を中断せざるを得なかった。
- そこで、「青松館」は石川製油所の技術を引き継ぎ、椿油の製造を再開した。
2011.12.19
- 兼ねてから震災ボランティアを行っていたEn女医会の照山裕子先生
- ハリウッドビューティサロン牛山社長
- 地域の産業復興を通じた経済の活性化を目指していた渡邊さやかさんが出会い椿油を使ったハンドクリーム開発プロジェクトを開始する
- 世界に通じる「良いもの」をつくろうと品質にこだわりre:terraを設立し、「Heaven & Heart」という商品を開発した
- 良質な椿油を使用し、女性の視点、医師の視点で開発されたハンドクリームは各地で売り切れとなり、追加生産されるほどの人気となった。
- 現在は第二段のリップクリームの開発中。

・椿の種を拾わせていただいたおうちの方からは採れたての野菜をいただく。ここでも東北の方のおもてなし文化を感じた。

⑩ NPO法人Save Takada訪問

・初日の懇親会でSave Takataの広報担当田中さんと親しくなったご縁で、仮設商店街の二階の事務所を訪問。

・代表の佐々木さん渉外・広報の伊藤さんに、支援先でもある米崎りんごをいただきながらお話を伺う。

・Save Takataの設立ストーリーや事業は下記の通り
- プログラミングが大好きで天職についていたという佐々木さん
- 自分の夢であるWeb会社を起業して間もなく震災で故郷が被害にあう
- 居てもたってもいられず、安否確認等、現地の情報をインターネットに公開する等IT知識を使った支援活動をすぐに開始。その後「笑顔をつくる」を理念にSave Takataを設立
- 分野を問わず被災者のニーズに応えるべく奔走する。ひたするできることを実施した3年半を経て、現在の理念は「挑戦の地「陸前高田」で日本の未来を創る地域づくりを目指す」こと。
- 震災で20年分の過疎化が進んでしまったという陸前高田で問題解決することは、20年後の日本の未来を創ることであると考え、陸前高田を震災前よりも良い街にすべく挑戦を続けている
- 現在注力している事業は、農業、IT、若者の3つ
<農業>
農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態を表す6次化に、更に担い手つくりまでを含めた7次化を掲げる
大学生や若年無業に対して就労体験を実施し、就農者を創出することで深刻な人手不足の解決を目指している
<IT>
地域の高校生等の市民に対してIT教育を実施
IT教育を受けた高校生は陸前高田復幸マップという地域の情報や魅力が詰まったポータルサイトを運営、情報発信を行っている。近日iphoneアプリをリリース予定
<若者>
若者流失から流入への反転を目指し、若者がつくる若者拠点づくりを実施
陸前高田市鳴石地区にある古民家を大学生が自ら企画・改修を進めている
- 設立直後はとにかく被災者ニーズに応えることを目的としていたため1人当たり15プロジェクトを抱えるほどの多忙だった
- 米崎りんごはとても美味しいのに後継者がおらず、存亡の機にある
- 若年無業者は真面目な方が多い
- 陸前高田の農家は深刻な人手不足かつ情にとても厚い。もし就農する方がいたら、心から感謝されて自己の重要感を得られると考えている
- 大変だったことはたくさんあるが、自分の夢であったWeb会社起業&拡大に時間を使えなくなったのは辛かった。ITはとても好きなので、Save takataの事業としても続けていきたい

・ これだけ成果を出しながらとても謙虚な佐々木さんのお人柄と、3年半がんばってきて本当によかったですという伊藤さんのつぶやきが強く印象に残った。

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4.参加者の感想

○ 3日間本当にどうもありがとうございました。自分達で街をつくるぞ!というパワフルな方にたくさんお会いできて、とても元気をもらいました!
○ 7万本の松が全部一瞬でなぎ倒されて、でもたった一本だけ残った「奇跡の一本松」は本当に象徴的だと思いました。

○ 一番印象的だったのは、「陸前高田は課題先進都市。ここで成功事例ができれば、世界の先進事例になれる」という言葉です。全て流されてしまってもなお前向きな人達には本当に頭があがりません。本当にありがとうございました!

○ アップル・ガールズの皆様、河野社長、またアレンジして頂いた市役所の方々、楽しく、また考えさせられる時間をありがとうございました。震災は不幸なことではありますが、希有な体験をされた皆様の話は、地方のありかたのみならず、ネットワークとしての社会の一般論を考える上で貴重な事例だと思います。現代科学、特に数理科学は社会学や歴史学にも分析の手を入れつつありますが、血肉の通った体系になるためには、体験とその共有が不可欠です。その点で今回の訪問は(政策立案にはほぼ無関係の)理系としてみても刺激的なものでした。皆様がその体験をより広く発信することで、知恵を共有し、不幸を乗り越えることを祈念します。ありがとうございました。

○ 今回残念ながら日帰りの旅となってしまいましたが、短いながらも多くの気づきを得られた時間となりました。主な気づきは以下の2点です。
1. 復興に前向きな人々の姿
 陸前高田は決して復興が進んでいるとはいえません。まだまだ時間がかかるでしょう。しかし、困難から立ち上がる人々の姿はとても力強く、前向きに復興へ歩んでいると実感しました。すべてが整っている東京とは違い、何もない一からのスタートであることがかえって多くの人をそのようにさせていると思います。
2. 陸前高田は訪問すべき場所である!
陸前高田は、まだまだ復興の途上にあります。しかしながら、多くの魅力がある場所だと感じました。特に、食の魅力です!!気仙川という清流で採れるあゆや、季節を通じて豊富な海の幸が手に入ると地元の漁師さんから伺い、その食を求めて再訪したいと思いました。観光で訪問することもまた復興支援の一つです!ツアーを企画してくれたメンバーの皆さん、そして出会った地元の方々に心から感謝いたします!

○ 東日本大震災から3年8ヶ月。私達がこらから迎える人口減少・少子高齢化・経済衰退といったオールジャパンに関わる大きい課題を考えるに当たって、今の被災地の現状を知りたい、という気持ちがあった。震災直後からは行政事務の立場から関わっていたため、国と県、市町村というつながりでしか見えていなかったが、今回、久保田副市長始め、陸前高田市の方々の御好意と御協力により、様々な現状に触れさせてもらった。

○ 非常時のリーダーたるものはどうあるべきか、自分達がこれからの自分達の街のためにどう行動すべきか、についてハートに突き刺さるメッセージを沢山いただいた。
特に、中小企業の立場から「自立する力を失ってしまう」という危機感を教えていただいたのは、非常に感銘を受け、これは災害時だけではなく、平時であっても今後の日本の大きな課題に向けて対応していくために必要な気持ちだと思う。

○ 日本のために自分は何ができるか、改めて考えさせられた非常に充実した旅であったCrossoverスタッフ陸前高田トリップ。お世話になった皆様にお礼を申し上げます。


(注)以上の報告書はCrossoverスタッフが陸前高田市で見聞きした内容を手元の記録と記憶を頼りに綴ったものであり、一部に不正確な記述が含まれる可能性があります。不正確・不適切な記述があった場合には、Crossoverスタッフまでご一報ください。お詫びの上、訂正をさせていただきます。


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