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官と民の壁、職種の壁、年齢の壁・・・
私たちの身の回りにある様々な目に見えない「壁」をCross-overし、
多様な「人財たち」がより良い社会の実現に向けて協働するきっかけを創り出す触媒、
それが官民協働ネットワーク Crossoverです。
     




PIPDリポート




第25回 エンターテイメントの力 ~異文化コミュニケーション力を強化するには~

Ms. Deborah Ann DeSnoo
(フィルム&ビデオ・ディレクター、舞台演出家、シナリオライター、プロデューサー)
2016/04/27

4月23日(水)の朝に開催致しました第25回PIPDセミナーでは、数々の受賞歴を持つフィルム/ビデオ ディレクターであり、舞台演出家、シナリオライター、プロデューサーとして活躍されているDeborah Ann DeSnoo女史をお招きして“Power of entertainment for a cross-cultural dialogue - tips to empower you to be an effective cross-cultural communicator”(エンターテイメントの力~異文化コミュニケーション力を強化するには~)」についてお話頂いた後、参加者の皆様でディスカッションを行いました。

Deborah女史のプレゼンテーションは、ある作品をインドで作成した経験談から始まりました。この中で、「誰しも異文化間のコミュニケーションでは誤解をするものだから、誤解から生じる問題について案じ過ぎなくて良い」と述べられ、このことを分かりやすく表現したDeborah女史の友人が作成した映像作品を紹介されました。

その作品には、外見が日本人であるがアメリカ育ちであるために日本語が話せない女性と、外見は外国人であるが流暢な日本語を話す数名の男女が登場します。彼らは日本のレストランで注文をするが、注文を取りに来た店員は「外見が日本人の女性」のみに話しかけ、「外見が外国人」の数名が日本語で話しかけてもそのスタッフは「英語がわからないので…」としか答えません。結局「外見が外国人の3人」が「外見が日本人の女性」に日本語を教え、カタコトの日本語で注文をしたところ店員が聞き取ってシーンは終わります。

外見とアイデンティティのギャップを皮肉たっぷりに表現した作品に対する参加者の感想を聞いた後、Deborah女史は、「この作品のように本来問題がないところに、問題ができてしまう」ことが異文化間コミュニケーションの難しさであること、だからこそ「聴くことが大切」と強調されました。また、「聴くこと」によって目の前で何が起こっているかを正しく理解できること、そして、そうしたスキルはグローバルに生きる上で欠かせないものであると主張されました。

16歳で高校を卒業した後、女優としてのキャリアをスタートしたDeborah女史のお父様は日本企業で社長を務めていたそうです。50歳から合気道を始めたお父様と、早朝から道場に通っていたDeborah女史は、そこで初めて外国文化に触れる経験をされました。


日本での初めての女優としての仕事は「我が愛」という作品への出演だったそうです。3ヶ月間にわたる仕事に関わる役者・スタッフは、Deborah女史を除けば全員日本人でした。そんな経験を振り返りながらDeborah女史は、「そこで学んだことが「聴くこと」でした。私は他の役者の人たちが話している時でもひたすらに「聴くこと」に集中し、彼らがどんな話をしているのかに常に耳を傾けていました。」とお話しされました。

その公演を見に来ていた劇団から依頼を受けことがきっかけとなり、演出・人材育成のディレクターとしての活動も始められたそうです。そして、効果的な演出を考える上で重要となる日本語力を高めた経験について、以下のようなエピソードを共有して下さいました。


「私が最初に勉強した日本語は「能」の日本語でした。古典芸術を学ぶことは歴史を学ぶことでもあり非常に難しいものです。有名な劇作家である別役実氏の日本語も勉強しました。特徴のある日本語を学ぶことで日本語の演出を理解していきました。こうした経験があったからこそ、例えば“Arsenic and Old Lace(邦題:毒薬と老嬢)”を翻訳した際、“Poison”を「ぼけ酒」と表現できたとだと思います。」

Deborah女史は、「外国で生活する上で、その文化のシステムを理解することが鍵」であることを、ご自身の旦那様が過労で倒れた経験に基づき、“corporate warrior(邦題:過労死)”という作品を制作したエピソードを通じてお話をして下さいました。

「当時、夫は72時間働いて1日休むという生活を繰り返しており、過労が原因で何度も倒れ病院に担ぎこまれていました。私は日本の病院システムに詳しくなりました。日本では外国人が救急指定病院を使うことは容易ではありません。病院の医師を紹介してくれる日本人の友人が必要なのです。以前、夫が心筋梗塞で倒れたとき、友人を介し、何とか救急指定病院に行くことができました。」

「異文化の中で生きるには、その文化のシステムを理解することが重要です。そのシステムに対して“But”と言っても夫は助かりません。こうした経験をもとに制作したのが“corporate warrior”です。この作品は物議をかもすものであったことから、NHKのNews7で取り上げられ、10分弱の私のインタビューも放送されました。またアメリカのTVでも同様に取り上げられました。論争的な作品を敢えて制作したのは、私が日本という国を愛していたから、この国を嫌いにはなりたくなかったからです。私には仕事による死が容認されることを理解できなかったのです。」

プレゼンテーションの締めくくりには、同じストーリーでありながら、日本語版と国際版(英語版)とで、表現方法・演出が異なる例として、Deborah女史が手掛けた“Skeletons in the Closet(邦題:異界百物語 )“の冒頭を日本語版・国際版それぞれ上映頂き、日本向けと外国向けでは言語の翻訳以外に、BGMや効果音等の表現がどのように違うかについて説明頂きました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、異文化交流によって起こるネガティブな事柄に対してどのように対応すれば良いか、日本人は人までのプレゼンテーションが米国人と比して不得意と言われるが、どのような点を修正する江波良いのか、といった点について、活発なやりとりが最後まで続きました。

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第23回 日本経済・社会における外国人の役割

Mr. Royce Lee (留学生協会事務局長、東京大学卒業後4月より三菱商事勤務予定)
2016/03/23

在日本留学生協議会(CISA)留学生代表・Royce Lee氏より 「日本経済・社会における外国人の役割」 Platform for International Policy Dialogue (PIPD) 第23回セミナー開催のご報告

3月23日(水)の朝7:30から9:00の時間帯で行われた第23回PIPDセミナーは、シンガポール出身の一般社団法人 在日本留学生協議会(CISA)留学生代表、この春に東京大学を卒業しシンガポール人としては初めて三菱商事に新卒で就職予定のRoyce Lee氏をお招きして、「日本経済・社会における外国人の役割」についてお話いただいたあと、参加者の皆様とインタラクティブなディスカッションを行いました。

冒頭Lee氏は、参加者に対し「隣の人に声をかけて握手をし、自己紹介をして欲しい」と呼びかけました。そして、和やかな雰囲気に包まれた会場に対して、今回のテーマを考えるに当たり、外国人と日本人がwin-winのパートナーシップをつくることが重要である、と強調した上で、カギとなる問いとして以下の二つを提起しました。

・What can foreigners do for Japan?(外国人は日本のために何ができるのか?)
・What can Japan do for foreigners?(日本は外国人のために何ができるのか?)

プレゼンテーションはLee氏の自己紹介で始まりました。シンガポールで生まれ、東京大学で経営学を学び、この春から日本で就職するLee氏は、日本留学生コミュニティが主催するイベントの幹事や、シンガポール留学生会の議長として活躍してきました。ここで参加者から出された「何故敢えて日本で就職しようと考えたのか?」との質問に対して、Lee氏は「4年間の日本滞在を通じてすっかりこの国に惚れ込んでしまった。何より、自分の学費は日本政府の奨学金で賄われており、日本の納税者の皆さんから頂いた投資にお返しをしたいと思っているから」と応えられました。その上で、「日本経済・社会における外国人の役割」というテーマについて、以下の5つの面から掘り下げていきました。

1. Foreigners Living in Japan: Stories and Statistics

「外国人」とひとことで言っても、留学生、観光客、そして企業に勤める外国人など、様々な立場の方がいるなか、Lee氏は、外国人の具体的イメージを共有するため、ケニア、ベトナム、インド出身で日本に在住しているご自身の友人を紹介されました。一人ひとりの背景にある多種多様なストーリーに触れることを通じ、「外国人」と一括りに考えることはできないことが、改めて実感されました。

個々人の事例紹介に続いて、法務省の統計に基づき、日本に暮らす外国人が増加傾向にあり、中国人が最多であることが示されました。Lee氏は、本統計の対象となる「外国人」に含まれている「特別永住者(在日韓国人・朝鮮人)」について、日本で生まれ、日本育ちにもかかわらず、外国人と見なされていることを指摘されました。また、OECDのデータにより、OECD諸国において外国人比率が最も高い国はスイス(23.3%)であり、日本の1.6%は国際的に見ても低水準であることが明らかになりました。その上で、日本に暮らす外国人のうち日本で働いている人は787,000人、うちフルタイムの労働ビザ保有者(いわゆるホワイトカラー)は18.7%を、パートタイムの労働ビザ保有者(アルバイト等)も18.7%であることがJETROの統計に基づき共有されました。Lee氏は外国人が日本経済にさらに貢献するために、フルタイムの労働ビザ発行を増やす政策が必要ではないか、と指摘されました。

ここでLee氏は、「出身国の経済発展の度合い」を示す横軸と、「個々人の教育・スキルのレベル」を示した縦軸の二つに区切られる4つのマトリックス(箱)を描き、日本で働く、あるいは働きたいと考えている外国人のカテゴリー分けを試みました。これによると、右下の箱(教育・スキルレベルの低い先進国出身者)に該当する人は殆ど想定できず、左下の箱(教育・スキルレベルの低い途上国出身者)は実習生や単純労働に従事している外国人が、右上の箱(教育・スキルレベルの高い先進国出身者)には、金融・法務・企業経営に従事している外国人が該当することになります。そしてLee氏は日本が今後注目すべきは、左上の箱(教育・スキルレベルの高い途上国出身者)であると強調されました。

2. History of Foreigners in Japan: The Meiji Era

次に、Lee氏は歴史的側面から日本と外国人との関係の変遷を考察しました。明治の文明開化の時代、日本人にとって外国人とは“教えを請い、追いつき、追い越すべきお雇いの白人さん”でした。その後国力を高めた日本は、西欧列強同様、帝国主義に基づき韓国・台湾を植民地とし、累次の戦争で広範な地域を占領していきます。

この時代、日本人にとって外国人とは、“教え、育てるべきアジア人”でした。しかし、敗戦後、日本人の外国人観は再び“追いつき、追い越すべき西洋人”へと戻り、「Japan as No.1」と呼ばれた80年代で頂点を迎えます。

そして、バブル崩壊後の日本は長期不況や方向感喪失の中で、カルロス・ゴーン氏やハワード・ストリンガー氏の社長就任に代表されるように、最重要の役職に外国人を登用するようになり、再び、明治時代の「お雇い外国人観」が復活しているのではないか、との考察を共有されました。

3. The Current Debate on Immigration: The Solution to Social and Economic Issues?

Lee氏は、日本の移民問題を考えるにあたり、アジアの人々はアジアのリーダーとして日本を好んでいる、との認識を持つべきであり、日本企業は外国人をより雇用することで、アジア諸国とのビジネス・パートナーとしての地位を今以上に確立できると指摘します。また、外国人を技能実習生として地方に派遣する制度は、地域活性化に貢献できるとも主張されました。同時に、移民受入をあまりに急激に進めれば、外国人が日本社会にうまく統合されず、犯罪増加や、日本人のアイデンティティが希薄化することへの懸念が高まるといったリスクがあることも指摘されました。

4. Integration into Japanese Society: The Challenges that Immigrants Face

Lee氏は、調和を重んじる日本社会において、外国人が直面する「出る杭は打たれる」経験や外国人差別は、外国人が日本社会や企業にうまく溶け込んでいく上での障害となっていることを指摘。差別を助長するヘイトスピーチに対する規制導入も含め、外国人・日本人双方がお互いの立場を理解しあうために率直に話し合うことが大切であると指摘されました。

5. Efforts in Support of Integration: Towards a More Inclusive Society

最後にLee氏は、日本人が外国人とのwin-win な関係を構築するために最も重要なポイントとして日本語を指摘されました。例えば、人手不足で悩む日本のサービス産業による留学生のアルバイトとしての採用は、彼らに日本語コミュニケーション能力向上の機会を与えています。こうした関係性は、留学生とビジネス双方にとってよいwin-win situationであると指摘されました。そして、外国人も含め、多様な才能を持つ人々が受け入れられ、活躍できる社会をつくっていこう、と参加者に呼びかけながら、プレゼンテーションを締め括りました。

その後、質疑応答に向けたwarming upとして、Lee氏の呼びかけにより、参加者が2-3人でペアを作り、「日本人のアイデンティティとは何か?」との問いかけに10分間英語で議論する時間を持ちました。議論の後の質疑応答では、Lee氏への質問だけでなく、参加者同士の議論の内容の共有も次々と行われ、とてもインタラクティブで活気あるコミュニケーションの時間となりました。

「日本人のアイデンティティ」をめぐる議論ついては、日本のパスポート、母語としての日本語、日本食を恋しく思う気持ち、自然に出てしまうお辞儀等の習慣、あるいは物事の白/黒を明確に二分しない発想法等、日本人を日本人として規定している多様な要因がシェアされました。一方で、日本にいると自分たちが日本人だと認識する機会が少ないという意見も寄せられました。また、参加されたロシア人女性は、日本人のアイデンティティは日本人の両親から生まれたという事実、すなわち「血統」にあると指摘、その点が、母国ロシアを含め他の国と大きく違うのではないかとの発表があり、参加者に大きな気付きを与えていました。

また、Lee氏に対する質問として、外国人をさらに活用するためには日本が変えるべき事柄、文化のバリアの所在、Lee氏のシンガポールのご両親の日本で就職することへの反応、2020年のオリンピックとその後に向けて日本が成すべきこと、そしてテロの脅威と日本の安全性確保について等、様々な議論が交わされました。

Lee氏は、4月から社会人になっても、時間が許す限りPIPDに参加いただけるということで、今後またお目にかかれることを、スタッフ一同、とても楽しみにしています。そして、最後に、会場にご協力頂いた株式会社クリックネット まなび創成ラボ様に、この場を借りて御礼申し上げます。

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第22回 日本とバングラデシュの歴史的関係と今後の可能性~

Dr. Jiban Ranjan Majumder (バングラデシュ大使)
2016/03/04

3月4日(金)の朝7:30から9:00の時間帯で行われた第22回PIPDセミナーは、バングラデュ経済担当公使のDr. Jiban Ranjan Majumderをゲスト・スピーカーとしてお招きし、「Socioeconomic Development of Bangladesh & its Historical Bondage with Japan(バングラデュの社会・経済的発展と日本との歴史的紐帯)」をテーマにディスカッションを行いました。
(今回のお話は、Majumder氏の個人的な見解であり、バングラデシュ大使館及び政府とは一切関係ありません。)

「おはようございます」という日本語でのあいさつで始まったMajumder公使のプレゼンテーションは、バングラデシュの概要、独立から今日に至るまでの歴史、現在の主要産業、そして観光地まで大変分かりやすくご説明いただくとともに、日本との接点について、有名なものから意外なものまでご紹介いただきました。以下、プレゼンテーションの要約を掲載します。

その1:バングラデシュはどんな国か?

~ バングラデシュの地理的・人口的特徴 ~
バングラデシュは、国土の西側、北側、そして東側のほぼ全てをインドに囲まれています。しかし東側の一部地域はミャンマーと国境を接していること、南はベンガル湾に面していることから、東南アジアと南アジアをつなぐビジネスハブとしてのポテンシャルを有しているといことです。また、北海道と四国を合わせた程度の国土に日本を上回る1億6千万人もの人々が暮らす、世界で最も人口密度が高い国です。

~ 独立まで ~
190年間にわたる植民地支配の後、1947年にインドとパキスタンはイギリスから独立を果たしましたが、バングラデシュはパキスタンの一部(東パキスタン)とされてしまいます。数千キロも離れているパキスタンとバングラデシュは様々な点で異なる一方で、パキスタン政府は現バングラデシュを搾取の対象としかみていなかったことから、バングラデシュの人々は1971年3月26日に独立を宣言し立ち上がりました。その後9ヶ月で300万人もの命が失われたパキスタンとの戦争を経て、12月16日に独立を果たしたバングラデシュを、その2ヶ月後に世界で最も早く国家として承認したのは日本だったのです。

~ 経済的発展 ~
バングラデシュは、独立から50年となる2021年までに、middle-income country になることを目指しているそうです。バングラデシュ経済は、長らく農業に依存してきましたが、主に縫製業の発展により、過去20年の間にその比重を製造業に移しています。かつて本当に小さかった縫製業は、わずか20年で世界2位の輸出額を占めるまでに成長し、今や同国の製造業の40%、総輸出の80%を占めています。さらに縫製業の発展は、経済的な意味合いだけでなく女性の社会進出という面でも大きなインパクトを持っていることが紹介されました。具体的には、独立当初就業人口に占める女性の割合は10%程度であったにも関わらず、現在縫製業に従事する労働者の85%は女性であるそうです。併せてMajumder公使は、縫製業の目覚ましい発展に、ミシンをはじめとする日本の機械設備が大きく貢献してきたともお話ししてくださいました。

バングラデシュは、世界経済が不調の最中にあっても経済成長を続け、外貨準備についてもパキスタンの約100億ドルを大きく上回る280億ドルを有しているなど、安定的な経済運営が実現できているそうです。また、独立当時は食糧不足に苦しんでいましたが、その後農業生産は3倍になったことで、倍増した人口を十分に養えるようになっています。

Majumder公使は、バングラデシュが小さいながらも順調な経済発展と人口増加を実現できた背景に、母語であるベンガル語で国が一つにまとまっていたことが重要であると紹介してくださいました。それについて、世界銀行職員としてバングラデシュに赴任していたCrossover代表の池田より、同国にとってベンガル語が如何に大切かを知るためのストーリーとして、2月21日のユネスコの「mother language day」は、パキスタンの一部だったバングラデシュで、ベンガル語を公用語として認めるよう求めた4人の学生が警官隊の発砲により亡くなったことに由来していることが紹介されました。Majumder公使からは、この運動における犠牲者を追悼する「ショヒド・ミナール」という記念碑が全国の学校や広場に必ず建てられていること、そして、真ん中の大きな柱は母親を、両側の4本の柱はその時に亡くなった学生を意味しているということを紹介いただきました。

ショヒド・ミナール

ここで、参加者から、「バングラデシュの順調な経済的発展を支える縫製業の安全な労働環境の確保と価格競争力をどのように両立させていくのか」という質問が出されました。Majumder公使からは、2013年4月の「ラナプラザの悲劇」を契機に、政府・産業界が一丸となって労働環境における安全性を確保するための様々な取組みが実施されているという回答がありました。

また、middle-income countryになるためには、特にどのような課題があるのかという質問も出ました。これについては、Majumder氏は、労働集約的な縫製業に代わるより付加価値の高い産業を育てること、及び貿易黒字、海外出稼ぎ労働者からの多額の送金、そしてJICAや世銀グループからの低利・長期の融資によって得られる外貨を計画的・適切に活用していくことが重要と説明して下さいました。

~ 観光 ~
日本の東大寺と時を同じくして7世紀に作られ、世界遺産に登録されているPaharpurの修道院、世界最大のマングローブ林である「シュンドル・ボン」とそこに生息するロイヤルベンガルタイガー、世界最長のビーチである「コックス・バザール」など、とても魅力的な観光地を紹介いただきました。

その2:バングラデシュと日本の文化的・政治的なつながりとは

~ 国旗 ~
日本とバングラデシュの国旗はよく似ています。Majumder公使から、バングラデシュの国旗の意味するところを紹介いただきました。すなわち、背景の緑はバングラデシュの豊かな大地と盛んな農業を、真ん中の赤は日本国旗と同じ太陽であるだけでなく、独立時に失われた血を表しているとのことです。

~ 文化的・経済的側面 ~
日本とバングラデシュの文化交流は、仏教を通じて7世紀から始まったそうです。また、20世紀初頭に日本人と結婚したMs.Hariprabhaというバングラデシュの女性と彼女が書いた日本の生活などに関する本、アジアで最初のノーベル文学賞詩人であるタゴールと日本人詩人野口米次郎との交流、そしてSatyajit Roy監督と黒澤明監督の交流について紹介しつつ、お互いの国の有名な人間同士が交流すると、その他の人間もお互いの国についてよく知るようになるという点についても指摘くださいました。

この点について参加者から、「タゴールをはじめ紹介されたような方々はインド人であると誤解されている部分もあるが、どう思うか?」という質問がありました。Majumder公使は、「たしかにバングラデシュはまだまだ認知されていない部分があり、ぜひ皆さんにバングラデシュの認知度を上げていく協力をしてほしい」という回答をしてくださいました。

日本のドラマ「おしん」については、日本が貧しい時代から国民が努力を惜しまずに発展していく様が非常に魅力的だということで、バングラデシュでも大変な人気を博しているとのことです!最近ではドラえもんも人気だそうです。

経済面では、近年多くの日本企業がバングラデシュに進出していること、バングラデシュの車の多くがトヨタ製、バイクはホンダ製、カメラはキャノンなど、経済的に非常に深い関わりがあるということも紹介頂きました。さらに日本に約550万台ある自販機のボタン部分は、すべてバングラデシュ製ということで、「皆さんが自販機で飲み物を買うときに、バングラデシュに触れているのだ」と、日本とバングラデシュの意外な関係を紹介してくださいました。

~ 政治的側面 ~
第二次世界大戦中には、Mr. Subhas Bose(チャンドラ・ボース)をはじめとする多くのバングラデシュ人が日本に協力しました。チャンドラ・ボースは、日本人の協力を得ながら、英国から独立を勝ち取るための「インド国民軍」を作り上げた人物です。Majumder公使は、戦死されたチャンドラ・ボース氏の遺灰は杉並区の蓮光寺に眠っているという話を紹介してくださいました。

また、大戦後の東京裁判の裁判官の一人となったJustice Radha Binod Pal(パル判事)についても紹介いただきました。パル判事は、連合国側の裁判官全員が日本の被告を有罪とする主張をする中、ただ一人これに対して客観的な証拠に基づき反対した方です。日本人はこのことを決して忘れず、今も靖國神社にパル判事の碑があるということを紹介してくださいました。

さらに、天皇皇后両陛下のバングラデシュへの訪問や、バングラデシュ建国の父ムジブル・ラーマン大統領の娘である現シェイク・ハシナ首相と安部総理との交流など、日本とバングラデシュの強い政治的つながりを紹介くださいました。また、1973年以来たくさんの青年海外協力隊員がバングラデシュの津々浦々で活動をしていること等、草の根レベルでも交流がなされているとお話いただきました。

プレゼンテーションの最後は、バングラデシュの国花である睡蓮と日本の国花である桜をMajumder公使の可愛らしいお孫さんたちの写真とMajumder公使のご近所の日本人のお子さんたちの写真を並べながら、非常に良く似た両国同士、これからも一緒に笑っていきましょう、という温かい言葉で飾ってくださいました。

会場からは、周囲を軍事的な大国に囲まれている中にあっての安全保障政策、災害に脆弱な国土を守るための気候変動対策、そして縫製業以外の重要な産業についてなど、様々な質問が尽きることなく出され、公使と参加者との活発なやり取りは最後まで続きました。

以上のように、Majumder氏からは非常に幅広い観点から、時にユーモアを交えながら、バングラデシュと日本とのつながりを紹介いただきました。今回のプレゼンテーションを通して、バングラデシュがより一層身近な国であることを実感し、今後も、バングラデシュと日本は手を取り合って、お互いの良いところを学び合い、共に発展していきたいと強く思いました。

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第21回 米国大統領選挙について

Mr. Christopher Winship (米国財務省財務官)
2016/02/17

2月17日(水)の朝7:30から9:00の時間帯で行われた第21回PIPDセミナーは、在東京米国大使館にて財務官として活躍されているMr. Christopher Winshipをゲスト・スピーカーとしてお招きし、「Prospect of the U.S. presidential election(米国大統領選挙の見通し)」をテーマにプレゼンテーションをして頂いた上で、参加者の皆様とインタラクティブなディスカッションを行いました。(*今回のお話は、Winship氏の個人的な見解であり、米国財務省や政府とは一切関係ありません。)

Winship氏は、前職で米国財務省の東アジア(日本・中国)担当課長を務められていたほか、マンスフィールド研修生として日本の金融庁や日本銀行、参議院議員事務所で勤務されたこともある日本通です。研修生時代、Crossover代表の池田と机を並べて一緒に昼夜問わず働いた仲だそうです。

なぜ、財務官のWinship氏がテーマとして「大統領選」を選んだのか?それは、Winship氏が選挙結果の鍵を握るswing state(共和党・民主党の間でswing(揺れ動く)する州)の一つであり、毎回の大統領選挙の本格的な幕開けとなる最初の候補者指名が行われるアイオワ州出身だからです。今回の大統領選挙についても、つい先日(2月1日)にアイオワ州で民主・共和両党の党員集会が行われたばかりです。

「アイオワにいれば嫌でも選挙に詳しくなります。」という一言からプレゼンテーションは始まりました。
アイオワ州の人口は僅か300万人であるものの、Swing-stateであるが故に、常に大勢の民主・共産の候補者たちが駆けつけ、町中で様々なキャンペーンを繰り広げます。選挙期間中に街のカフェやスーパー、体育館に行けば必ず候補者の一人に出会うそうです。そんな環境で育ったWinship氏は、大統領選挙の仕組みはアメリカ人でも複雑すぎてよく理解していない人が多いと添えながら、そのポイントを分かりやすく説明して下さいました。

ポイント1:米国大統領選では多数の有権者の支持を集めた者が勝つとは限らない!
過去に4回、対立候補を上回る得票数を獲得した候補者が、選挙には負けるという事例がありました。これは米国大統領選挙制度が、各州に割り振られた総数538名の選挙人団( Electoral College)からの得票をめぐる争いであること、そして、各州で過半数の選挙人の得票を得た候補者が、その州に割り振られた全ての選挙人の票を獲得できる「Winner Takes ALL(勝者総取り)」方式を採用しているためです。
例えば、記憶に新しい2000年の選挙では、一般得票数で上回ったAl Gore候補がGeorge W. Bush候補に破れましたが、これは、Bush候補が多数の選挙人(27名)を有するフロリダ州等において僅差でAl Gore候補を破り、Algore候補に投じた選挙人の票も含めて「総取り」できたことによります。
なお、選挙人数は、各州の人口に応じて割り振られ、各州選出の上院議員(2名)と下院議員数を合わせた数と同数になります(例:カリフォルニア州:55、ネバダ州:3)。論争的な「Winner Takes All方式」をめぐっては、過去何度も「単純多数決方式」に見直すべきとの議論がされてきたものの、「人口が相対的に少ない州の声を大統領選に反映させることが必要」との意見に押され、現在まで改革は実行されていないそうです。

ポイント2:米国大統領選は予備選挙(primary election)と本選挙(general election)の二段階方式!
米国大統領選挙は、党の候補を選ぶ「予備選挙(primary election)」と、大統領を選ぶ「本選挙(general election)」に分かれます。
予備選挙については、州によって「党員集会(Caucus)」と「予備選(Primary)」の二種類の異なる方法が採用されており、アイオワ州は党員集会で党の候補が選ばれます。そして驚くべきことに「党員集会」は無記名投票ではありません。具体的には、会場となる公民館や体育館に集まった有権者が、支持する候補者ごとのグループに分かれ、それぞれが他の候補の支持者たちを自分の支持候補のグループに引き込むための“説得合戦”を展開します。
予め定められた説得ための時間が終了したのち、政党職員が各グループの人数を数え、人数が参加者総数の一定割合に満たないグループは無効と見なされ、別のグループに鞍替えすることを求められます。その後、再び支持グループごとの人数がカウントされ、その数に比例する得票数がそれぞれの候補に割り当てられます。このような方式をとるため、「党員集会」は一日がかりとなるそうです。

ポイント3:Blue state とRed state
次に、Winship氏は赤と青で塗られたアメリカ地図を示しました。Blue Statesは予備選挙で民主党が勝つ(勝ちやすい)州 とRed Statesは共和党が勝つ(勝ちやすい)州です。その中に、今回話題の色が付いていない”Swing States”がいくつかありました。それらは、赤と青を混ぜ合わせた”purple states”と呼ばれることもあるそうです。ここで会場から、「Swing stateに共通の特徴はあるのか?」という質問がありました。
Winship氏は、人種、宗教、及び所得の面で多様性が高い州、若年層が多い州、農業工業両方が盛んな州、等、様々な要素を挙げられました。また、Winship氏出身のアイオア州は、高齢者人口が多いが民主・共和の支持者の数が丁度半分になる州なのだとお話してくれました。なお、この色分けは常に一定なわけではなく変化をすることもあります。例えば、かつてウエスト・バージニア州は民主党候補者支持層の炭鉱労働者が勢力を持つBlue Stateでしたが、労働組合の力の低下に伴い共和党支持のred stateに変わったそうです。
民主党候補も共和党候補も確実に勝てる州よりも、揺れ動く、Swing Statesでの勝利を得るべく、フロリダ州、アリゾナ州、ヴァージニア州等に重点的に選挙リソースをつぎ込むことになります。例えば、2012年の選挙で、ほとんどのSwing Statesで勝利したオバマ氏が大統領になりました。

ポイント4: 2016年の大統領選の予算
続いてWinship氏は選挙資金がいかに膨大かということを提示されました。なんと、2012年の選挙戦では、総額26億ドルもの資金が使われたそうです。
候補者ごとの資金が外部資金と候補者委員会からの資金に分けられ提示された図をみると、候補者別の産業界からの外部献金や、党から支援の割合が明確にわかります。
民主党の候補者指名争いをしているヒラリー・クリントン氏とバーニー・サンダーズ氏を見比べると、サンダーズ氏は圧倒的に外部献金が少ないことが分かります。オバマ大統領のファンド・レイジングも同様の傾向が見られたそうです。
資金の使い道は、ケータリングの発注からホッチキスの芯に至るまで、FEC(Federal Election Commission)により厳しく監視されているそうです。

ポイント5: 最後まで結果が見えない選挙戦
最後に、民主党・共和党それぞれの候補者の支持率の推移のグラフを見比べました。
予備選挙は7月の全国党大会に先立つ2月から6月まで、そして、本選挙は11月に行われ、新大統領就任は2017年1月になります。Winship氏は、長い選挙戦では、途中で脱落した候補者が二番目を走る候補者を支持する旨を表明することで一位と二位の順位が入れ替わり得ること、一時的に人気があっても、長丁場の大統領選を走りきるために必要な資金を枯渇させたり、公約と過去に支持した政策の矛盾を突かれて支持率を急落させる候補者もいることから、最後まで結果が分からないことが多い、と説明され、分かりやすく丁寧なプレゼンテーションを終えられました。
日々変化し続ける支持率に目が離せません!

参加者からは、予備選挙では、各候補者は党の中での支持を得るために具体的で過激な政策をアピールするが、本選挙では全国民からの支持を得なければならないため、スタンスがぶれるのではないか?なぜブッシュ・ファミリーは嫌われているのか?銃規制をめぐる候補者のスタンスはどうか?副大統領候補が選挙結果に与える影響はどの程度か等、様々な角度からの質問が飛び出しました。
すべての質問に丁寧に答えるWinship氏の大きく暖かなお人柄にとても感動しました。参加者からは、11月の本選挙前に再度Winship氏に再度登壇頂きたいとのリクエストを多く頂きました。

最後に、会場に協力頂いた株式会社クリックネット まなび創成ラボ様 この場を借りて御礼申し上げます。

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第20回 日本の対外ブランディング戦略 ~2020年とその先を見据えて~

Dr. Nancy Snow (京都外国語大学教授)
Mr. Benjamin Boas (慶応大学研究員兼フリーランス翻訳家・通訳)
2016/01/18


2016年1月18日(月)夜8時より、エコッツェリア協会様が運営する丸の内のオープンスペース「3×3ラボ」にて開催した「PIPD第20回記念特別企画」では、過去、PIPDにゲスト・スピーカーとしてご登壇いただいた京都外語大学教授、安倍フェロー、そして慶応大義塾大学客員教授として政府の対外広報戦略について研究・提言・及び教鞭をとられているナンシー・スノウ博士、中野区観光大使、慶應義塾大学訪問研究員をされているベンジャミン・ボアズ氏、のお二人をゲスト・スピーカーとしてお招きし、「Branding Japan: 2020 and beyond(2020年とその先を見据えた日本のブランディング戦略)」をテーマに対話形式で議論をして頂いた上で、参加者の皆様とディスカッションを行いました。

当日は雪による交通の影響が心配されたにもかかわらず、100名を超える皆様から参加を頂き、「満員御礼」となった会場は降り積もった雪を溶かしてしまうくらいの熱気に満ちていました。

今回、ゲスト・スピーカーのお二人による対話や参加者との議論の模様は、公共政策に特化したコンサルティング・ファームLangley Esquire社が作成・提供している「Brand 2020」シリーズの1つとしてビデオ化され、広く一般に共有される予定です。

このためセミナーの冒頭にLangley Esquire社・代表取締役社長のラングリー・ティモシー氏よりご挨拶を頂きました。

※ Langley Esquire社様作成の「Brand 2020」ビデオは以下でご覧いただけます。

https://www.youtube.com/watch?v=_GJR5C6u-B4


パネルディスカッションは、Crossover代表の池田がモデレーターを務めながら、参加者の皆様から申込時に頂いていた様々な質問・コメントのうち、特に多かった以下の3つの質問にスピーカーのお二人が答えて頂く形で進みました。

THEME I
WHY does “branding Japan” matter?
(なぜ、"日本のブランド化“が大切なのか?)

スノー博士は「日本はすでにブランドであり、私たち二人がそうであったように、多くの外国人を惹きつける要素を持っている」と強調しつつ、御自身が22年前に初めて訪日した際の心境にも触れながら「日本語や日本社会が持つ様々な慣習・しきたりが、外国人が日本に近づく上でのハードルとなっている」と指摘されました。そして、こうした要素は時として日本への誤解や怖れを生みかねないため、日本に少しでも興味を持った外国人が、たとえ言葉がわからなくても気軽に日本を訪れ、知ることが出来るようにする、つまり、日本への参入障壁を引き下げることが「Branding Japan」を考え、実践するうえで大切な要素であると話されました。

ボアズ氏はスノー博士の意見に同意しつつ、「多くの日本人にとって当然のしきたりは外国人にとってはそうではなく、また理解するのに時間を要するものが多い。従って、日本への参入障壁を下げるためには、シンプルにメッセージを伝えること、そして、外国人がそれぞれのやり方で日本文化を解釈し楽しむのを許容する姿勢が大切である」と指摘されました。

そして、日本人が「日本・日本文化は斯く斯く云々であるのだ」とその概念を事細かに語り、またそれに拘れば、自らを、自分たちの声ばかりが反響する殻(echo-chamber)に閉じ込めてしまい、結果外国人を遠ざけてしまうこともあると指摘。その上で「今日、私たちは問題意識を率直に伝える。中には批判も含まれるが、それは日本への愛があるからだ」と強調されました。

THEME II
WHAT makes Japanese Brands unique from other country?
(他国と比較して、日本の何が日本をユニークなブランドとしているのか?)

参加者から事前に寄せられた質問の中で最も多かったこの問いに対して、ボアズ氏は、「“日本の何がクールなのか?は典型的な質問だが、寿司、歌舞伎、マンガ・アニメ等、個別の文化や商品等を特定しようと躍起になるのはあまり懸命なこととは思えない。日本は本当に多種多様な魅力があり、また外国人がそのどれに興味を感じるのかはその人次第なのだから」と応えたうえで「敢えて一つ挙げるなら日本が安全であること」と指摘されました。

そして「如何に魅力ある国でも、安全でなければ近づくことすらできない。安全性は日本人にとって当然のことであり、アピール・ポイントと感じられないかもしれないが、誰もがそれぞれの興味に応じて日本を訪れ、楽しむうえで最重要で、また世界の多くの国が持っていない要素である」と強調されました。

スノー博士は、安倍首相が2012年に再度就任して以来、Abenomicsや Womenomicsというブランド名で、世界の日本に対する注目が大きく高まったこと、及び、中国が中国語や中国文化を発信する「孔子学院」を世界各地につくる等、様々なキャンペーンを大々的に展開しているものの、必ずしも、国そのものに対するイメージの好転につながっていないことに触れつつ、国のブランド・イメージに対して政治リーダーの持つ影響力は、良くも悪くも大きい、と指摘されました。そのうえで、2020年の東京オリンピックに向けて、かつてない数の人々が世界中から日本に訪れる機会を前に、政治リーダーだけでなく「国民一人一人が観光大使」という自覚をもって、日本について発信・説明し、また外国人と触れ合うことが大切であると語られました。

THEME III
HOW can Japanese brands be loved/promoted further by people other than Japanese?
(日本ブランドが日本人以外の人々からさらに愛され、発信されるには、どうすればよいか?)

ボアズ氏は「外国人に分かりやすい地図標記検討会」が昨年9月に公表した報告書が、日本の地図記号を、日本に関する知識が全くない人でもパッと見てわかるものに変えていくための具体的提案を、外国人の声を反映させながら提示していることを紹介しつつ、この手のテーマについて政府、企業、自治体等で検討をする際に、発信の対象である外国人を議論に加え、彼らの声を方針に反映させることが重要であると指摘されました。

続いてスノー博士は「日本は、都会と田舎、伝統と最先端の技術等、相互に相矛盾する様々な要素を持っており、まったく一枚岩ではない」、「皆が気付いていないニッチな魅力や発信方法が沢山ある」、「だからこそ、可能な限り多様な人々同士でBranding Japanを議論し、ダイナミックに実践することが欠かせない」と強調されました。

また「政府主導のBranding Japanはプロパガンダとして人々から胡散臭い目で見られかねない」と指摘。この点について、現在日本政府がロンドンやサンパウロなど設けた「Japan House」は、日本政府や各国にある日本大使館主導ではなく、日本のエキスパートとその土地のリーダーが協働しながら、各地域のネットワークを活用して日本の魅力を発信しているという意味で上手なアプローチであると紹介されました。

そのうえで、お二人は「なぜ日本政府や日本の大手企業において、外国人を含む多様な声が反映されにくいのか?」という点について議論を展開されました。

そして、その背景には「批判や反論、そして失敗を許さない完ぺき主義のカルチャーがあるのではないか」と指摘。そのうえで、2020年を超えてBranding Japanを継続的に成功させるには、試行錯誤を許容しRisk takersを賞賛しながら新しいやり方や見方を取り入れていくこと、批判や反対意見を新しい学習や変化の糧として活かすことが大切であると強調され、「自分たちはそのような存在であり続けたいし、そうしたマインド・セットと行動力を持つ人と、日本の様々なシステムとの間をつなぐ、仲介役の役割を果たしていきたい」と語られました。

最後に、スノー博士は、外国語学習者を言語別に示したスライドを示しながら、英語を外国語として学んでいる人数は世界で15億と他の言語を圧倒していることを紹介。

日本語はとても美しく、難しい言語であり、また日本語という言語の特異性により国が守られていることは認識しつつも、「日本人は英語を学ぶことに対して怖れや完璧主義を持たず、日本人が既に持っている素晴らしいものを、世界のより多くの人に発信するためのツールと割り切って学び、使うことが大切である」と伝えられました。また「日本人は英語が苦手というステレオタイプがあるが、私はそうは思わない。日本人自身がこうしたステレオタイプに悩まされることなく、不完全であることを抱きしめ、気軽に発信して欲しい」というメッセージで、対話を締めくくられました。

対話形式の議論が終了した後の質疑応答では、来るG7日本開催に向けて環境面で日本が発信するべきメッセージ、日本の技術力を高めるイノベーション活性化のための政府と企業の役割、Branding Japan戦略におけるメディアの活用方法、女性の力を活用するためのロールモデル作り、そしてBranding Japan 戦略において中核に据えるべき日本の歴史に基づく統合的な価値等について、活発な議論が交わされました。

イベントの最後に「輪島塗を世界に売り込む方法」について、参加申込時に頂いたアイディアの中から、スノー博士とボアズ氏から選ばれた以下の最優秀提案に対して輪島塗の商品をプレゼントするスペシャル・セッションを持ちました。

“Bring the most attractive Wajima-lacquer products to Paris, London, and New York and showcase them to high-end customer bases in these global cities. That will be the start. Plus, pitch these lacquer products to ambassadors and their families in Japan. ”
(最も魅力的な輪島塗をパリ、ロンドン、ニューヨークといったグローバル都市に持ち込み、富裕層向けの展示会を実施する。併せて、輪島塗を在日の各国大使及びその家族にプレゼントする。)

ボアズ氏は、この提案が優れている理由として、①輪島塗を英語で書く際にWajima-nuriと表現せず、Wajima- lacquerと表現した数少ない提案であったこと(外国人は「nuri」と言われても何のことかわからない)、②日本内外の双方を念頭に置きターゲットを明確に絞っていること、③在日の日本大使をプロモーターとして活用するという実践的な視点があること、の3点を挙げられました。

なお、このセッションは、石川県輪島市で江戸時代から8代にわたり輪島塗の製造と販売を手掛け、現在、その伝統的なビジネスモデルを試行錯誤により変革し世界に輪島塗を知ってもらう革新的な努力を続けている「輪島桐本」様のご協力を得て実現したものです。



本セミナーには石川県より、輪島桐本の代表でいらっしゃる輪島泰一様と社員の方々、そして現在は大学生で、将来、お父上の後を継いで輪島塗を日本、そして世界に発信していきたいという思いを持つ輪島滉平さんに参加頂きました。

授賞式の締めくくりでは滉平さんが英語で「これから、輪島塗を世界に向けて発信していく力になりたいです。英語ももっと勉強していきます!」とメッセージを発信され、会場は温かい共感と拍手に包まれました。会場では輪島塗の展示もあり、多くの人々が手に取りながら、日本の伝統文化を肌で感じられたことと思います。

セミナー終了後には、3×3ラボ近くのビアバーにて、ゲスト・スピーカーのお二人も交え、参加者の皆様方との新年会を盛大に開催いたしました。

今回は100名を超える参加者のうち約3分の1が外国人の皆様であったことから、国際色豊かなネットワーキングの場を提供することができました。

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第19回 日本の報道の自由は大丈夫か? ~独立ジャーナリストの視点から~

Mr. David McNeill ジャーナリスト(Economist誌、Japan Times、NHK World等)
2015/12/14

2015年12月14日(月)夜8時00分より開催した第19回PIPDセミナーでは、フリー・ジャーナリストとしてEconomist誌、Japan Times紙、及びThe Independent紙等を通じて活躍されているDavid McNeill氏をゲスト・スピーカーとしてお招きし、「Is Japanese Media Freedom in Jeopardy? - Perspective of Foreign Independent Journalist -(日本の報道の自由は大丈夫か?~外国人独立ジャーナリストの視点~)をテーマにプレゼンテーションをして頂いた上で、参加者の皆様とインタラクティブなディスカッションを行いました。また、今回のセミナーも、「まなび創生ラボ(株式会社クリックネット協賛)」をお借りして開催致しました。この場をお借りして、クリックネット社の丸山剛社長及び社員皆様のご厚意にお礼を申し上げます。

McNeill氏は冒頭の自己紹介において、フリーの外国人記者という立場は、実入りが悪く、困難で、多くの誹謗中傷に晒される等、割に合わないことはあるものの、自らの力量で世界中の人々に記事を発信できるという意味で、重い責任を伴う素晴らしい仕事であり、自分はこの仕事を愛している、と強調されました。また、外国人記者が直面する困難として、言語の壁に加え、記者がドラフトした記事を外国の本社で編集する編集責任者が、日本のコンテキストへの理解不足ゆえに、分かりやすいが表面的な内容に修正するよう指示を出しがちであることを挙げられました。また、ネットに掲載される記事には多くの読者を獲得するために日本に対する偏見を助長するようなねつ造記事が存在することも指摘されました。その例として、「日本の中学高校で不衛生な「眼球舐め」がはやっている」、「日本の中年女性が子羊をトイ・プードルであると騙されて買わされる被害が出ている」といった記事が、配信されたことを紹介されました。

そのうえでMcNeill氏は、メディアの使命は「権力を監視する番犬(watchdog)であること」であるとし、最近の日本の多くのマス・メディアはこの使命から遠ざかりつつあると警鐘を鳴らされました。そして、関連するデータとして、世界180か国を対象に国際NGO「国境なき記者団(Reporters without boarders)」が毎年公表している「報道の自由度ランキング(World Press Freedom Index)を見ると、日本は民主党政権時の2010年に12位であったところ、2015年には61位まで大きく順位を落としていることを紹介されました。MacNeill氏は、その背景にある要因として、今年12月に行われるはずだった、国連の「表現の自由」をめぐる訪問調査受入を日本政府が直前でキャンセルしたこと、福島の原発事故をめぐる政府側の不明瞭な説明や、そうした政府の説明を、そのまま報道する日本の大手メディアの対応、特定機密保護法の成立、及び中国・韓国との間で論争となっている歴史問題等に係る報道について政府からかかるプレッシャーの増大や個々の記者にかけられる様々なプレッシャー等を挙げられました。

また、戦後GHQによってつくられた記者クラブ制度について、政府側と選ばれた一部の大手報道機関双方にとって、相互依存的なシステムである一方で、一度その輪の中に入れば、想定外の「不規則質問」や空気を読まない「厳しい質問」をすることはタブー視されやすく、また、その輪の中に入れない者にとっては、取材対象へのアクセスや質問時間が限られる等、排他的な壁として機能しやすいこと等を指摘されました。

McNeill氏は報道の自由を守り、高めていくうえでは、情報の受取手である一人一人が、良質な記事や核心を突く質問を要求し続けること、そして政府をはじめとする情報の発信者側は、異なる意見との衝突や厳しい質問と向き合うことを恐れずに、自らの考えや政策を正々堂々と発信し、質問と向き合うことが重要であることを指摘され、プレゼンテーションを終えられました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、満員となった会場から、個人が発信するブログ等のオンライン・メディアの果たす役割や課題、中国・韓国が展開する歴史問題に関するネガティブ・キャンペーンが日本の報道の自由に与える影響、一人の記者として、より良い記事を書く上で持つべき指針、そして市民一人一人が、少しでも「真実」に近い情報を入手し理解するために持つべき習慣等について、質問やコメントが出されました。

また、今回はセミナー終了後に同じ会場でクリスマス会を開催。約40名の参加者に今回のゲスト・スピーカーのMcNeill氏、及び第14回セミナー(日本の広報外交)のスピーカー、Dr. Nancy Snow、第17回セミナー(Sharing Economy)のスピーカーJessica Websterさん、第18回のセミナー(武器輸出)のスピーカーJerome Camireさん、そして年明けのセミナーでスピーカーを務められる予定の米国財務省のChristopher Winshipさんも交えて、参加者同士、及びゲスト・スピーカーの皆さんとの間での交流を深める時間を持ちました。

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第18回 日本は本当に武器輸出国になれるのか?

Mr. Jerome Camier 日欧産業協力センター 防衛産業専門研究員
2015/11/25

2015年11月25日(水)夜8時00分より開催した第18回PIPDセミナーでは、日欧産業協力センター(EU-Japan Centre for Industrial Cooperation)のセミナー・ルームをお借りして、同センターにて、防衛産業研究員として活躍されているJerome Camier氏をゲストスピーカーとしてお招きし、「Will Japan become an arms exporter? (日本は武器輸出国となるのか?)」をテーマにプレゼンテーションをして頂いた上で、参加者の皆様とインタラクティブなディスカッションを行いました。

自己紹介に続くプレゼンテーションでは、まず、日本の防衛作業や輸出対象品目の概要について写真を交えて紹介をしたうえで、日本が防衛装備品を輸出することの必要性、そしてそれを実現するうえでの課題が提示されました。

多くの人にとって馴染みの薄い「武器」「防衛装備品」ですが、実は、きわめて多くの、そして家電等で一般消費者にとってなじみの深い企業が関わっていることが示されました。この中で、日本が国際競争力を持つ分野は武器に搭載されるソフト・ウェアであること、最近話題に上る代表的な輸出対象品として、海上での離着陸が可能な海難救助艇US2、オーストラリアへの輸出で話題のそうりゅう型潜水艦、そして機雷探知・無力化機能を持つPI哨戒機等が挙げられました。

その上で、日本にとって武器輸出が必要となる理由を、防衛基盤を巡るトリレンマ(3つの課題を同時には達成できず、どれか一つは諦めなければならないこと)を描いた三角形で、分かりやすく説明頂きました。即ち、①日本を取り巻く安全保障環境の困難化に対応できる防衛基盤の強化(=Capacity)、②防衛基盤の強化を他国に依存しすぎることなく自力で実現する力の保持(Sovereignty)、③財政赤字が拡大する中で、コストを抑制する必要性、という日本にとって避けることのできない3つの課題は同時に解決困難であるが、武器輸出を促進することにより、この緩和につながるということです。

例えば、武器輸出は1. 諸外国との共同研究開発を促進することで、低負担で、より効果的な防衛基盤の強化につながる、また、2. 大量生産が可能となることから生産に伴う固定費の削減につながる、といったことが具体的な理由として示されました。また、本年合意された改訂版日米防衛協力の指針における内容を実施に移す必要性や、一部のASEAN諸国の防衛基盤強化に日本として貢献することの必要性等も、副次的な理由として挙げられました。

他方で、武器輸出を促進する上での留意点として、日本が持つ中核的技術が、直接の輸出先国以外の第三国に流出する懸念があること、及び国内の世論の反発を受けて、企業が投資・生産にしり込みし得ることが指摘されました。

こうした背景から、現政権は、いわゆる武器輸出三原則を見直したものの、これを実現するうえでは、多くの課題があると、Camier氏は指摘されました。例えば、防衛装備品調達に当たっての、コスト+方式により、民間企業にとってコスト削減の意識が働きにくい構造にあり、結果として割高になりやすいこと、日本の製品は実戦を通じた効果の検証ができないこと、日本の防衛関連産業が多数の企業がひしめく構造をとっていること、他方で、競争原理が働きにくい環境におかれていること、そしてNATO等の多国間軍事同盟に参加していないことから、防衛装備品の規格を他国と併せにくいこと、等が挙げられました。Camier氏は、これらの課題に政府は取り組んでいるものの、その解決には時間を要すると指摘され、プレゼンテーションを締めくくりました。

今回は、大半の参加者にとってなじみの薄い、専門的知識が求められるテーマでしたが、Camier氏による分かりやすく、具体的な説明のおかげで、プレゼンテーションの途中及び終了後にも、参加者から、「日本政府の新たな武器輸出に関する方針は、武器を輸入しようという諸外国の視点から見て、安定的なサプライヤーとしての信頼を勝ち得るものなのか?」、「日本企業が防衛産業に関与し続けるインセンティブとは何か?」、「そもそも「武器」の定義とは何か?」等、多くの質問やコメントが寄せられました。

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第17回 技術革新がもたらすシェアリング・エコノミー

Ms. Jessica Webster 在東京米国大使館 経済・科学技術担当参事官
2015/11/13

2015年11月13日(金)朝7時30分より、(株)クリック・ネット様が運営する銀座のミーティング・スペース「まなび創生ラボ」にて開催した第17回PIPDセミナーでは、米国大使館において経済・科学技術担当参事官として活躍されているMs. Jessica Websterをゲストスピーカーとしてお招きし、「Sharing Economy driven by Technological Innovation (技術革新がもたらすシェアリング・エコノミー)」をテーマにプレゼンテーションをして頂いた上で、参加者の皆様とインタラクティブなディスカッションを行いました。

Websterさんは冒頭、「シェアリング・エコノミーとは何だろうか?」と問題提起され、バイク・シェアリング、カー・シェアリング、自宅等を宿泊施設として貸し出すサービス、自家用車を用いたタクシー・サービス等を具体例として挙げ、①十分に使われていない商品やサービスの共有や再利用による資源の最適な活用、②情報の共有によるステーク・ホルダー(企業、利用者、地域社会、社会全体)にとって商品価値の増大、という特徴を備えた新しい市場経済の仕組みであると定義しつつ、その形態は多様であると指摘されました。

例えば、代表的なカー・シェアリングサービスは、企業が一般消費者に、路上の専用スペースに駐車してある共有車を提供するB to C(Business to Consumer)、個人間で様々な仕事を請負・発注するサービスはCtoC(Consumer to Consumer)、ワーク・スペースを共有するサービスはB to B(Business to Business)といった具合に、多様な形態で取引がされるシェアリング・エコノミーの実情が紹介されました。

ここで参加者から、「シェアリング・エコノミーとバス、電車等従来型の公共交通機関との違いとは何か?」との質問が出されました。これに対してWebsterさんは、①サービスを提供する主体と利用する主体の役割が固定化されていないこと、②Intermediary(仲介者)としてのウェブ上のプラットフォームが存在すること、及び③スマホの活用により、従来型の公共サービスよりも、サービスの利用場所・時間が圧倒的に広く、融通が利くこと、を挙げられました。

更に参加者から出された「サービスの信頼性はどのように確保されるのか」との質問に対しては、タクシーに代わり一般ドライバーが自家用車で配車を提供するサービスを例に、利用者とドライバーがそれぞれを評価するシステムが備わっていることで、信頼性を確保することができると指摘されました。参加者とWebsterさんと間の対話を通じて、シェアリング・エコノミーを通じた商品・サービスの流通が根付き、発展していく上で、テクノロジーがカギとなること、そして、シェアリング・エコノミーを通じて、提供者側と利用者側とで新たな信頼関係が構築されることが会場全体で共有されました。

続いてWebsterさんは、日本のシェアリング・エコノミーの経済規模が2014年度で233億円、2015年度には290億円と、一年で35%の増加が見込まれており、既にモンゴルやベトナムと同程度の経済規模に達しているとの統計データを紹介されました。そして、アメリカで生まれたシェアリング・エコノミーを、今後日本で定着させていく上で必要な事柄として、①ユーザ及びプロバイダー双方の責任の自主規制を通じた明確化、②プライバシーの保護、③提供者側の適切な労働環境の確保、及び④政府による最適な規制の用意、を挙げられました。

例えば、自宅をホテル代わりに観光客に有料で貸し付けるサービスについては、近隣住民への影響、火事等への備えについて、利用者と提供者双方が責任感をもって必要な行動をとることを心掛けるとともに、税制や規制等について、ホテルや民宿等、既存の同業他社との間で競争条件の平準化が必要となることが議論されました。Websterさんは、日本人の互いを信頼し合う国民性は、シェアリング・エコノミーを活発化させる上で重要であり、日本におけるシェアリング・エコノミーの今後の展開への強い期待を示してプレゼンテーションを締めくくりました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、シェアリング・エコノミーを活発化させる上で政府の規制が果たすべき役割、シェアリング・エコノミーの拡大と経済全体の規模の拡大との関連性等について、様々な意見が出されました。

Websterさんの丁寧なプレゼンテーションと優しい人柄、そして、カジュアルな「まなび創生ラボ」の雰囲気があいまって、第17回のセミナーでは、終始活発な双方向の議論が交わされました。

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第15回 説得力 ~あなたは、ビジネス・公共政策・私生活における困難な論争で、如何に人を説得できるか?~

Mr. Michael Kawachi カリフォルニア州弁護士、コロンビア大学ロースクール招聘教授、国際調停トレーニング・プログラム(International Mediation Training Program)専務理事
2015/06/30

2015年6月30日(水)朝7時30分より開催した第15回PIPDセミナーでは、カリフォルニア州弁護士、コロンビア大学ロースクール招聘教授、及び国際調停トレーニング・プログラム(International Mediation Training Program)専務理事として活躍しているMichael T. Kawachi氏をゲストスピーカーとしてお招きし、「説得力 〜あなたは、ビジネス・公共政策・私生活における困難な論争で、如何に人を説得できるか?」をテーマにご講演を頂いた上で、参加者の皆様とディスカッションを行いました。

Kawachi氏は冒頭、「日本以外で教育を受けた経験の有無」について参加者に問いかけ、参加者全員が自身の教育体験について、英語で答えていきました。

続いて、10人の人物の写真がプレゼンテーションの画面に1人ずつ表示されていきました、ネルソン・マンデラ、イエス・キリスト、ガンジー、釈迦、安倍晋三、習近平、バラク・オバマ、ウラジーミル・プーチン、イ・ミョンバク・・・。そして、フロアに対して「あなたは誰を信用するか?それはなぜか」との質問が投げかけられました。

さらに、Kawachi氏は参加者に無地の紙を配り、「これから言う国・地域の地図を描いてほしい」と参加者に伝えます。「日本、中国、シリア、アメリカ、アフリカ、中東、北朝鮮、韓国・・・さぁ、皆さん、どのように描けたでしょうか?」多くの参加者は、日本から離れれば離れる程、また、自分にとってなじみの薄い国であればある程、地図の輪郭が曖昧になっていくことを体感していきます。

こうした作業は、「人のモノの見方や捉え方は、職業、国籍、宗教、受けてきた教育等、様々な要因の影響を受けている。人は、それぞれの自身のバックグラウンドにより、異なるレンズで世界を見ている」ことを、短い時間で参加者が頭だけでなく体で理解できるようにするための、Kawachi氏によるユニークな工夫でした。そして、Kawachi氏は、「Persuasion is a matter of trust」(説得は信頼の問題である)、そして、説得しようという相手から信頼を獲得するには、まず相手との視点の違いを認識することが重要であると強調されました。

Kawachi氏は、「説得」には3つの段階があると言います。即ち、1)自らの目標の実現に相手が喜んで従うこと、2) 相手を納得させること、そして、3) 自分の信念が相手の信念となること、であり、3番が最も深いレベルの説得であると述べられました。その上で、Ethos = Credibility(信用性)、Pathos=Relationship(関係性)、Logos=Communication(伝達)という言葉を用い、説得の場面において、どのくらいの時間をEthos、Pathos、Logosに割いているかについて、自問自答を通じて認識していくことが大切であると伝えます。

例えば人は、親しい友人との間では、関係性の構築に多くの時間を割きますが、対立関係のある人との関係性を構築する場合、どのくらいの時間を使うでしょうか?Kawachi氏は、とても短い時間で法的問題について決着を付けることを求められる弁護士としての御自身の経験を振り返りながら、対立関係のある相手であればあるほど、関係性や信頼性を構築した上で、議論を進めることが大切であり、上手く相手を説得できない要因の多くは、伝えようとする内容というよりも、伝え方に大きく依存するため、まずは、態度・話し方・トーンなど、どのように伝えるかを準備する時間が必要であると述べられました。

また、短い時間で信頼のあるコミュニケーションを行うには、「アクティブ・リスニング」が重要と強調します。これは、相手から発せられる言葉に注意を払い、理解しようと努め、ニーズや関心を読み取るテクニックです。人にはたくさんのニーズがありますが、Kawachi氏は5つの「コア・ニーズ」として、Appreciation(人としての評価)、Affiliation(人間集団への帰属-誰もが1人になりたくない-)、Autonomy(自主性)、Status(地位)、Role(役割)を挙げられました。アクティブ・リスニングにより信頼関係を築くには、「言葉」ではなく「人」を聴くこと、そして、上記5つの相手の「コア・ニーズ」を感情的に満たすことが効果的であると述べられました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、「日本人が欧米人に比べて大勢の人の前でのコミュニケーションや交渉が苦手であるといわれることが多いが、この理由はどこにあると考えるか?」、「アクティブ・リスニングの効果的な習得方法とは何か?」といった論点について、活発な議論が行われました。

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第14回 日本政府のPublic Diplomacy(広報外交)のあり方について

Dr. Nancy Snow 慶応大学メディアコミュニケーション研究所 訪問教授
2015/06/10

2015年6月10日(水)朝7時30分より開催された第14回PIPDセミナーでは、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所訪問教授、及びカリフォルニア州立大学フラトン校コミュニケーション学部教授であり、故安倍晋太郎元外務大臣が提唱した研究奨学金プログラムである「安倍フェローシップ・プログラム」の一員として日本に招かれ「日本のブランディング戦略」の分野で活躍されている、ナンシー・スノー博士をゲストスピーカーとしてお招きし、「日本政府のPublic Diplomacy(広報外交)のあり方について」をテーマにご講演を頂いた上で、参加者の皆様とディスカッションを行いました。

冒頭で述べたようにスノー博士は、「安倍フェロー」として日本に招かれたご自身の役割について、「客観的な視点で日本の先行きを見つめ、起こりうる問題について警告を発する“炭鉱のカナリア(canary in a coal mine)”のような存在である」と紹介されました。

そして、日本が直面する人口減少と少子高齢化、大規模災害、そしてシングル・マザー等の貧困といった諸問題に効果的に対処するには、「自分自身をよく知ること」及び「多様な業種で活躍する人材の参画を得ること」が必要であり、このことは、「国際社会において日本が正しく理解され、且つその存在感を高めるためのNational Brandingを展開していく上でも、重要である」と強調されました。

そして、スノー博士は、National BrandingやPublic Diplomacyを効果的に進めるためには、事柄を物語(Narrative)と併せて伝える「Story Telling」が大切であると述べられた上で、安倍政権は「Abenomics」や「Womenomics」というキャッチコピーで、海外のオンライン、新聞、ブログ等の様々なメディアプラットフォームを利用して「Japan is back!」を印象づける「Abe’s Storytelling」を展開しているものの、政治主導の広報外交は政治リーダーの人気度によって変動するところがあることから、今後は、文化面にも力点を置いた、民間主導の取組みを展開すべきである、と主張されました。

これに関しては、日本生まれの様々な文化が、異国でその地の風習を踏まえて形を変えながら世界中に広がるなかで、世界の日本に対する純粋な好奇心(Genuine Curiosity)が高まっていると述べられ、例として、日本発祥の料理である寿司のフランチャイズが世界中で数多く設立されていること、和食がUNESCOの世界無形文化遺産に登録されたこと、そして、仏教の禅が「ZEN」として、Steve Jobsの紹介もあってアメリカでは人気が高く、自転車屋、ゴルフ場など、ありとあらゆる場所で「ZEN」の文字を見かけ、「ZEN and Tonic」というカクテルまであるといった事例を紹介されました。

そもそも、スノー博士が日本や日本文化に触れ、そして魅せられたのは、小津監督、黒沢監督といった日本映画との出会いがきっかけだったそうです。そして、日本はたくさんの物語で溢れているのだから、広報外交でも、もっと物語を伝える「Storytelling」の力を発揮すべきだが、Public Speakingに重きをおく欧米諸国の人々に比べて、日本にはこの分野のトレーニングを受けた人が少ないことを指摘。また、米国人、ドイツ人、フランス人、イギリス人を対象とした調査では、東京が世界で最もクリエイティブな街であり、日本人は創造的な能力に長けているとの回答が目立つにもかかわらず、日本人自身は、「勤勉」で「我慢強い」ものの、「クリエイティブ」ではない、というセルフ・イメージを持っていることを、調査結果のデータを参照しながら紹介されました。そして、「良くなく猫はネズミを取らない A mewing cat does not catch mice.」という諺にも触れつつ、人前でべらべらと話をすることについて日本人が懐疑的であることは美徳であるとしつつも、今後、日本が、自らに対する固定観念を変え、他者との認識のギャップを埋めるためには、人々のPublic Speakingの能力を強化し、自国の情報をもっと積極的に、英語で共有しなければならないと主張されました。

スノー博士は、政府が主導する広報外交は時代遅れであり、市民が主役となる広報外交を進めるべきとも主張。この点において、スノー博士は、日本文化の発信と対話の拠点として、ロサンゼルス、ロンドン、サンパウロにPublic-Private Partnershipのアプローチで設立される「Japan House」に注目されているそうです。

また、2020年には世界人口の約90%が携帯電話やSMSサービスを持つ見込みであるとの国連のレポートを参照しつつ、「Storytelling」により日本の物語を世界に発信するに当たり、多様なコミュニケーションツールを活用すべきこと、官民が一体となって取り組むべきこと、そして、国内外にいる外国人の日本ファンや批評家を活用するべきことを提案されました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、日本人が優れたPublic Speakerとなるための秘訣、コミュニケーションにおける世代間ギャップ、断絶しがちな政府・経済・文化による各々の外交活動をリンクする方法、そして、日本が中国や韓国から学ぶべき・学ばざるべきこと等について、活発な議論が行われました。

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第13回 21世紀の日米関係

Mr. Ichiro Fujisaki 藤崎一郎 氏 上智大学特別招聘教授/国際戦略顧問/元駐米全権特命大使
2015/05/26

5月26日(火)朝7時30分より開催した第13回PIPDセミナーでは、ゲスト・スピーカーに前駐米特命全権大使であり、現在は上智大学の特別招聘教授及び国際戦略顧問として、あるいは一般社団法人日米協会の会長としてご活躍されている藤崎一郎氏をお招きし、「21世紀の日米関係」をテーマに30分少々お話を頂いた上で、一時間近く参加者の皆様と活発なディスカッションを行いました。なお、本セミナーでゲスト・スピーカーとして日本人の方に登壇をお願いしたのは今回が初めてですが、司会進行・プレゼンテーション・及び質疑応答はこれまで同様、全て英語で行いました。

冒頭、藤崎氏は、自己紹介をされながら「2012年、駐米大使を最後に退官した際、『これからは色々と気にすること無くなんでも話せる。』といったら友人にもう誰も、あなたの発言など気にしないよ』と言われてしまった」とジョークを飛ばしたので、会場は笑いに包まれました。

打ち解けた雰囲気の中、藤崎氏は最初の話題として、先月の安倍総理による米国上下両院合同会議における演説を取り上げられ、「戦後70年という節目の年、且つ、政治・経済・安全保障上の新たな難題がアジア太平洋地域において山積しているタイミングにおいて行われた演説であり、また近年の日本の政治指導者と比較して強い政治基盤を持ったリーダーの演説であった、という点で、特別な意義があるものであった」との認識を示されました。

特に、演説において「Deep Repentance(深い悔悟)」との言葉を使ったこと、総理自ら記者会見で安倍内閣として河野談話を修正する意図は無いことを明確にしたことは目新しいと述べました。そして、オバマ大統領と安倍総理との懇談の様子がこれまで外交官として直接関わってきた多くの日米首脳会談よりも親密なものに見えたこと等に注目され、「本演説は、戦後の日米関係が、かつてマンスフィールド駐日大使が表現され、その後、ダニエル・井上議員を始め多くの知日派の政治家に引用されたフレーズ、“日米関係は、世界において最も重要な二国間関係である。そしてそれは他に類をみない(The U.S.-Japan relationship is the most important bilateral relationship in the world, bar none)”を真に体現する新たなフェーズに入ったことを象徴する意味を持ったのではないだろうか」とのお考えを示されました。

次に、現在国会で審議が行われている安全保障関連の法案に話題を移され、「メディアや多くの人々は、本法案が日本の安全保障政策の根本的な転換であると表現している。しかし、本法案が、「吉田ドクトリン」で示されたDefense-orientedである日本の安全保障政策の基本的態度に変化をもたらすものでない以上、その方向性を“転換”するものとは言えないのではないか」との認識を示された一方で、「ただし、今回の議論のペースについては、過去の安全保障政策の見直し時と比較して速い」と指摘されました。藤崎氏は、沖縄普天間基地の辺野古移設を巡る問題についても、移設が必要とされる理由やこれまでの経緯、そして検討の俎上に上ったその他の選択肢についても、丁寧に参加者に説明をして下さいました。

大詰めを迎えるTPP交渉に話題を移された藤崎氏は、かつて外交官として関わったWTO農業交渉のご経験も紹介しながら、「多国間交渉というものは、国内の利害関係に囚われる余り、主体的関与の機会を逃してしまうと、再びメイン・プレーヤーとして交渉のテーブルに戻ることは極めて困難である」こと、そして「困難な交渉を妥結に導くためには、時として、政治家が、官僚や補佐官の手を借りずに、自らの言葉と知識で直接相手と交渉をすることが求められる」こと等を指摘されました。

藤崎氏は、様々な意見が飛び交うアジアインフラ投資銀行(AIIB)問題についても、お考えを共有して下さいました。即ち、AIIBは片方で多国間協働によるアジアのインフラ整備を主導し、もう片方では南沙諸島で軍事拠点を築いている中国の如才ない政策であり、ガバナンス等の観点から参加の可否を慎重に判断する、米国との連携を重視する、との日本政府の現在のスタンスは適当である、とのお考えを示された上で、「日本の対応振りは世界から注視されていることを認識することが重要である」と強調されました。その上で、今後の日米関係を考える上で大切な原則として「3つのNo」、即ち「No Surprise (ニクソン・ショックのような驚きを相互に与えないようにすること)」、「No Over -politicization(難題が発生した際、お互い過度に政治問題化させないよう自制すること)」、及び「No taking for granted(何事も、お互いに「当然のこと」と捉えないようにすること)を提示され、お話を終えられました。

その後に続く質疑応答では、外国から見た安倍首相のイメージの就任時からの変化、新安保法制により米国の戦争に日本が巻き込まれるとの懸念、今後の対中政策のあり方、米軍再編についての見方、沖縄の基地問題の今後の見通しと日米両国政府に求められる対応、日本の政治リーダーの対外発信力・語学力等、幅広い話題について活発な質疑応答、議論が交わされました。

応答の中で藤崎氏は、近代史を多角的視点から学ぶことの重要性を参加者に強調されました。また、今回は、第5回PIPDセミナーで、ゲスト・スピーカーとして「日米防衛協力の指針」についてプレゼンテーションをして下さったThu Nguyen米国国務省軍事・政治問題担当専門官も参加して下さったこともあり、より一層深みある議論を楽しむことが出来ました。

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第12回 今年のG20における課題と日本への期待

Mr. Izzet Yerdes トルコ財務省 経済参事官
2015/05/15

5月15日(金)朝7時30分より開催した第12回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーに在東京トルコ大使館にて経済担当参事官として活躍されているIzzet Yerdes氏をお招きし、「トルコ経済の現状と今年のG20の課題」をテーマにプレゼンテーションを頂いた上で、参加者の皆様とディスカッションを行いました(注:トルコは本年のG20の議長国です)。

Yerdes氏は冒頭、「目覚めのコーヒーになるトピック」として、トルコと日本が深い友好関係を築くきっかけとなった出来事、1890年におこったエルトゥールル号事件を紹介されました。オスマン・トルコ帝国のアブドゥル・ハミトII世が日本に派遣した軍艦エルトゥールル号は、その帰途、和歌山県串本沖で台風のため遭難。500名を超える犠牲者を出す大惨事となってしまった一方、事件の通報を受けた大島村(現串本町)の住民総出の救助活動により、69名の命が助けられた、という事件です。この不幸な出来事は、トルコと日本のその後長く続く深い友好関係の発端となっており、串本町にある慰霊碑では現在でも、町とトルコ大使館共催で慰霊祭が行われているということです。

人口約7,769万人を中進国トルコは、「若い国」であるとYerdes氏は強調。具体的には、平均年齢は30.7歳、いわゆる生産年齢人口が全体の63.5%を占めており、まさにこれからが「伸び盛り」の国です。また、2050年の人口予測によると、35年後もトルコは労働人口の割合を維持しており、他国に比して若い国であり続けるということです。Yerdes氏は、そんなトルコの「中長期経済ビジョン」は、2023年までに、2兆ドルの名目GDP総額(2014年:約8000億ドル)、一人当たりの国民所得2万5千ドル(2014年は約1万ドル)、そして輸出額5,000億ドル(2013年:約1,500億ドル)を達成し、世界経済のTOP10入りを果たすことを目標として掲げ、これを実現するための目の前の課題として、インフレ抑制、経常収支赤字の削減、そして構造改革の加速による潜在成長率の向上を挙げている、と説明されました。

Yerdes氏は、「トルコの足元の実質GDP成長率は約4%、これは日本から見ると高い成長率と考えられるかもしれないが、トルコ経済には、より高い成長率が必要。なぜなら、毎年労働市場に参入する約100万人の若者に雇用を提供しなければならないためです」と説明。そして、そのためには、輸出競争力のある幅広い国内産業の育成と、そのための投資促進が必要であり、同時に、そうした民間部門の活動を可能にするために、現在7%を超えているインフレの抑制と現在の安定的な財政運営を維持することが政府・中央銀行に求められている課題であると説明されました。なお、トルコは長年EUへの加盟を国家目標としていることから、EU加盟国に求められるマーストリヒト基準である「政府債務残高の対GDP比60%以下」を2004年以降クリアし続けていること、毎年の財政赤字の水準についても、同基準である対GDP比3%を下回る水準に抑えていることを強調されました。しかし、EU加盟に向けた交渉自体は、トルコ側の努力にもかかわらず、EU加盟交渉は、キプロス問題(南部ギリシャ系住民が多く占めるキプロス共和国と北部トルコ系住民が多くを占める北キプロス・トルコ共和国との分裂問題)により、前進が見られていないとのことです。

今年トルコはG20の議長国。Yerdes氏は、G20は独自の事務局は持たず、各国が輪番で議長国を務めているものの、前年と翌年に議長を務める国とその年に議長国を務める国の計3か国が共同してアジェンダ設定等の役割を果たす「トロイカ体制」を敷くことにより、ある程度の継続性が保たれていると、説明。そして、昨年の議長国であったオーストラリアから引き継ぎ、来年の議長国である中国にバトンをタッチする立場にある今年の議長国トルコが重視する優先事項を、「3つのI」と表現されました。

一つ目のIはInclusiveness(包摂的な政策)。各国国内、及び国同士の間で広がる格差や不平等を可能な限り解消することは、社会の安定を維持し、成長を続ける上で最も大切なことの一つであり、そのために、中小企業対策や低所得国への効果的なアプローチを今年のG20の重点課題の一つとしている、と述べられました。そして二番目のIは「Implementation(実施)」。昨年のG20では、議長国オーストラリアの下で、「今後5年間世界のGDP成長率を現状の見通しよりも2%高める」との目標を設定、これを実行するために、各国合計して1,000以上の行動計画が作られました。こうした文脈においてトルコ政府は、この計画を着実に実施する、即ちImplementationを重視しているということです。そして、最後のIが「Investment(投資)」。先進国・新興国双方に存在する膨大なインフラ投資のギャップを埋めていくことが成長率を高めていくうえで不可欠であると述べられ、この観点から、日本が推進している「質の高いインフラ投資」は有効であると説明されました。

Yerdes氏は、今年のG20は、「3つのI」をキーワードとしつつ、税源移植と利益移転の問題(BEPS:Base Erosion and Profit Sharing)、大きすぎて潰せないシステム上重要な金融機関の資本充実策、米国議会の承認の遅れにより頓挫しているIMFの投票権見直し改革、反汚職対策、そしてエネルギー政策等、多岐にわたる議題が議論されると説明され、プレゼンテーションを締めくくられました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、トルコがどのように財政赤字を削減したかに関する取組み、EU加盟についてのスタンス、「質の高いインフラ投資」の具体例や中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)へのスタンス、若年者に対する雇用創出策、及び「中所得国の罠」に陥ることを避けるための産業政策の在り方等、様々な論点について、活発且つ双方向の意見交換が交わされました。

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第11回 グローバル社会に真に貢献できる人材を創るには?

      -リベラル・アーツを学ぶことの重要性-


Dr. Michael Lactorin 山梨学院大学国際リベラル・アーツ学部学部長
2015/04/17

4月17日(金)朝7時30分より開催した第11回PIPDセミナーでは、ゲスト・スピーカーにこの4月よりスタートした山梨学院大学国際リベラル・アーツ学部(iCLA)の初代学部長として活躍されているMichael Lacktorin博士をお招きし、「グローバル社会に真に貢献できる人材を創るには?~リベラル・アーツを学ぶことの重要性~」をテーマにプレゼンテーションを頂いた上で、参加者の皆様と活発なディスカッションを行いました。

※ Lacktorin博士のプレゼンテーション資料はこちらからご覧いただけます。

PIPD_11th.pdf

※禁無断転載・引用

「リベラル・アーツ教育とは何か?」という問いかけからプレゼンテーションを始められたLacktorin博士は、「リベラル・アーツに相応しい日本語を探すのは困難だ」と述べた上で、「Bridging Right and Left Brain」、「Critical Thinking」、「Students-centered Active Learning」といったキーワードを挙げながら、日本の「一般教養」とは異なるリベラル・アーツ教育の本質を説明されました。

第一のポイントである「Bridging Right and Left Brain」については、直感、感情、起業家精神、即興といった力を司る右脳と、物事の論理、優先順位付け、構造などを見極める力を司る左脳の双方の発達を促すために、学生達に、多彩な経験と学習を積む機会を用意することの重要性を強調。これを実現するため、iCLAでは、数学、物理、歴史等に加え、芸術、ダンス、彫刻等、極めて学際的なカリキュラムや一年間の留学の機会を用意し、一つの分野に関わる事柄を、他の分野で得た知識やアプローチで考察する力を学生が身に付けるサポートをしているとのことです。Lacktorin博士は、「例えばアインシュタインが相対性理論を思いついたのは、彼がバイオリンを弾いていた時だった」という印象的なストーリーで、右脳と左脳の双方を活性化させることの大切さを強調されました。

第二のCritical Thinkingについては、「日本語で“批判的思考”と直訳すると否定的なニュアンスがあるが、リベラル・アーツ教育の中核的価値であるCritical Thinkingとは、“なぜ?と問い続ける力”、“自問自答を通じて思考を深める力”である」と指摘。いかなる分野においても、創造的、革新的な価値を生み出していくためには、Critical Thinkingを高めていくことが極めて重要であると強調されました。

そして、学生がCritical Thinkingを身に付けるためにiCLAが重視しているアプローチが、リベラル・アーツ教育の第3のポイントであるStudents-centered Active Learning。Lacktorin博士は、日本の高等教育は、あまりにもTecher/Professor Centeredであると指摘。学生達のActive Learningを引き出し、Critical Thinkingを高めていくためにも、受動的な聴講スタイルではなく、双方向の議論を通じて学生がお互いに学び合う、セミナー形式を通じた教育が重要であると語られました。また、iCLAは、米国のリベラル・アーツ大学と同様、全寮制であり、自然豊かな山梨の地の利も活かしつつ、教室以外の場所で、学生達がお互いから学び合う機会を大切にしていると説明されました。

Lacktorin博士は、こうした価値やアプローチを大切にする日本初のリベラル・アーツ学部であるiCLAで学生生活を送ることを通じて、一人一人の学生は、自らの心・技・体を磨きながら全人格を高める(Education of the Whole Person)とともに、自分の適性(Aptitude)と情熱(Passion)とが交差する分野を見極めることができるようになる、と述べられた上で、ご自身のキャリアを振り返りながら、こんな印象的なエピソードを語って下さいました。

Lacktorin博士は、元々は金融業界で活躍されていたビジネス・マンでしたが、アフター・ファイブや休日に大学等で教える機会が増えるにつれ、「自分が真に適正があり、また熱意を持って没頭できるのは教育ではないか?」と感じるようになったそうです。そして、43歳の時に、ついに金融界を引退し、教育の世界に踏み込んだ動機を、「金融マンとして働いていた時には鳥肌が立つことはなかったが、教壇に立つと鳥肌が立ったから」と語られました。秋田国際教養大学の立上げに続き、山梨学院大学iCLAの立上げと、起業家精神を発揮しながら難題と向き合い続けるLacktorin博士。「確かに、新しく大学を立ち上げるために、資金を集め、教授陣や事務局スタッフを集め、そして学生を集めるのは並大抵のことではない。しかし、自分には鳥肌が立ち続けている。止まることはない」と、ご自身の日々や第二のキャリアを、目を輝かせながら語られるLacktorin博士のメッセージに、会場の熱気も大いに高まりました。

本年4月に立ち上がったiCLAの第一期生は9名の交換留学生を含む37名、全寮制で学ぶ彼らを助ける26名の教授陣の85%は非日本人。多彩で学際的な140のコースは、そのほとんどが英語で授業が行われますが、なかには日本語で行われる芸術・武術系のワークショップも用意されており、和と洋がバランスよく織り交ぜられながら展開されているそうです。

Lacktorin博士からのプレゼンテーション終了後の質疑応答では、リベラル・アーツ・カリキュラムの社会人教育を含む生涯教育への適用可能性、リーダーシップの発揮とリベラル・アーツ教育との関係等について質疑がなされました。また、「好奇心を継続的に高めていくには、どのような習慣を持つべきか」、「知識の獲得に安易なインターネット検索に頼る最近の傾向(“Googlization”)とどう対峙していくべきか」、そして「より一層グローバル化する社会に適応できる人材をいかに育てるか」といった論点について、活発な議論が交わされました。

なお、Lacktorin博士が学部長を務める山梨学院大学国際リベラル・アーツ学部(iCLA)の詳細については、こちらのウェブサイトからご覧いただけます。

http://www.icla.jp/

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第10回 クール・ジャパンを世界に効果的に発信するには?


Mr. Benjamin Boas 慶応大学研究員兼フリーランスの翻訳家・通訳
2015/03/27

3月27日(金)朝7時30分より開催した第10回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーに「日本のことは、マンガとゲームで学びました(小学館)」の著者であり、慶応義塾大学研究員兼フリーランスの翻訳家・通訳として活躍されているBenjamin Boas(ベンジャミン・ボアス)氏をお招きし、「Cool Japan is in the Eye of the Beholder – How to use soft power to increase “fans of Japan” world-wide (クールなジャパンかどうかは見る人次第 ~ 世界に日本ファンを増やすために、如何にソフト・パワーを使うべきか~)をテーマにプレゼンテーションを頂いた上で、参加者の皆様と活発なディスカッションを行いました。

愛用の作務衣(さむえ)姿で登場したBoas氏は、冒頭、「ソフト・パワーとは、力や圧迫を使うこと無く、自分が望むように他者が行動するよう促す力である」との定義を紹介した上で、「日本がソフト・パワーを行使した結果の具体例は、自分自身である」と述べ、自分と日本との出会いのストーリーを印象的且つユーモアたっぷりに語られました。

「僕は、4歳で任天堂のスーパーマリオに夢中になり、中高時代は「ときめきメモリアル」と恋に落ち、日本語を習得、さらに日本語のマンガ・ゲームを楽しむためにアメリカの高校で日本語クラスを創設するイニシアティブを取り、そして、20歳のときチベットで麻雀と出会い、東大や京大大学院で麻雀研究論文を執筆・・・」

大笑いに包まれる会場に対して、Boas氏は、「振り返ってみれば、マリオにはまっていたとき、自分は、それが日本の物とは知らなかったし、大好物の「テリヤキ」が日本語と言うことも知りませんでした。つまり、私が、自然に興味を持ち、夢中になったことが、実は日本だった、ということなのです。こうした経緯には、日本のソフト・パワーや「クール・ジャパン」を考える上で大切なヒントが隠されているように思います」と語ります。

ここで、Boas氏は、明治大学クール・ジャパン・プログラムのプロデューサーを務められている北脇学先生の示唆的な発言を引用されました。「自分自身を“クール”と呼ぶのは、そもそもクールでなく、日本の価値である“謙虚さ”への挑戦ですらある。創造性というものは、単なるマーケティングからは生まれない。」

その上で、Boas氏は、日本が生み出す様々な価値に世界の人々を惹き付け、ソフト・パワーを発揮していく上で大切な事柄として、以下の3点を提示されました。
第一に、他者と対話し、自分が受け容れがたい事柄を受け容れること。この点についてBoas氏は、「そもそも、日本人では無く、外国人の目で見て“Cool!”と見えたときに初めて、“クール・ジャパン”になるのだから、日本人には想定できない、あるいは受け容れがたい捉え方で外国人が日本のモノを“Cool!!”とみなしている、と感じることがあっても、まずは、それを受け容れる必要がある」と主張されました。

第二は、「他人に対して、“何に興味を持つべきか”を語るのではなく、彼らが既に持っている興味をさらに深めるための手助けをする」こと。Boas氏は、「世界には、日本人が知らないうちに“クール・ジャパン”として脚光を浴びているものが多くある」と述べ、フランスでは、日本の17万人を遙かに上回る60万人の柔道人口を擁すること、黒澤明監督の羅生門は、1951年のヴェニス映画祭で、監督自身も知らないうちに優秀賞にノミネートされていたこと、そして歌謡曲「上を向いて歩こう」が世界で1,300万枚を超える売り上げを記録していること、などを例として挙げられました。また、「Your Cool is not My Cool」というシンプルなフレーズで、「クール・ジャパン」を日本人だけで議論をするのはナンセンスであり、外国人の視点で、日本語以外で議論することが必要であると述べられ、好例として、中東で人気を博している「キャプテン翼」は、主人公の名前を「翼」ではなく、現地で良くある名前である「マジット」に変えていること、そして、イラクに派遣された自衛隊が、「キャプテン・マジット」の絵を給水車の車体にプリントした結果、現地の人々に受け入れられたというストーリーを紹介されました。

そして三つめのポイントは、「地に足のついた議論をする」こと。つまり、単に「何がクール・ジャパンやソフト・パワーに当たるのか」についての議論を続けるだけでなく、「日本の価値に対して、外国人のアクセスをどうやって増やしていくのか」という現実的な方法論を忘れてはならない、ということです。Boas氏は例として、文部科学省等が提供する奨学金、在外公館における現地スタッフの雇用、海外の日本文化フェアなどをツールとして挙げるとともに、こうした場を通じて日本の価値にアクセスを持った外国人に対しては、「○×は、△▲だから興味深いものなんだ」と価値観の押しつけや誘導をするのではなく、まずは自然に経験をしてもらうこと。その上で、「どのようなモノに対して、どんな興味を持ったのか」、と問いかけ、その答えを受け入れ、そして、その興味をさらに深めるための材料や機会を提供するというアプローチを取ることが大切であると主張され、プレゼンテーションを終えました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、日本の価値を国外に発信していく際の政府の役割や国外にある「Japan House」等のプロモーション施設の効果的な活用方法等について議論が交わされたほか、日本に滞在・在住している外国人を、日本の価値を発信し、説明する「日本大使」として活用するために、何らかの資格を創設してはどうか、といった具体的なアイディア等が出され、活発且つ双方向の意見交換が交わされました。

なお、ゲスト・スピーカーのプレゼンテーション資料は以下からご覧頂けます。

PIPD_10th.pdf

※禁無断転載・引用

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第9回 気候変動交渉の行方


Mr. Richard Oppenheim 英国大使館 環境・エネルギー担当部長
2015/03/13

3月13日(金)朝7時30分より開催した第九回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーに英国大使館にてエネルギー・気候変動問題担当部長として活躍されているRichard Oppenheim氏をお招きし、「Why climate change matters and what we can do: a U.K perspective」をテーマにプレゼンテーションを頂いた上で、参加者の皆様と活発なディスカッションを行いました。

Oppenheim氏は、冒頭、経済的、社会的、そして政治的側面が絡む気候変動問題への対処は、PIPDで議論するのに最適な話題である、と述べられた上で、アジア地域を中心とした人口の激増と産業活動の活発化を背景に、地球上の二酸化炭素の増加による気候変動は既に生じていること、その結果、大規模な洪水、干ばつや海面上昇が発生している現実を紹介されました。

その上で、地球の気温上昇を2050年までに、産業革命以前と比較して摂氏2度以内に抑えられなければ、様々なリスクが相互に影響を及ぼし合って拡大し、修復不可能なダメージを人類と地球に与える、と警告されました。そして、こうした事態に陥ることを防ぐために、「2050年までに世界全体の温室効果ガス排出量を1990年比で50%削減する」との目標に向けて、英国がどのように取り組んでいるかについて説明されました。

まず、気候変動に対してトップダウンの政策形成を進めるため、中央政府に気候変動への対応策を担当する「エネルギー・気候変動省」を2008年に設立しました。また、「Carbon Budget」と呼ばれる温室効果ガスの排出量の削減値を設定しています。具体的には、2050年に1990年比で80%の削減を最終目標とし、これを実現するべく、2025年に1990年比で50%、2020年には35%と段階的な目標値も設定、これを国会において超党派で議決することで法的拘束力を持たせ、温室効果ガス削減に向けた強い政治的なコミットメントを確保しています。また、温室効果ガスの排出削減、エネルギー安全保障の強化、そして低廉なエネルギー価格の維持、という3つの政策目標を同意に達成するため、天然ガス、再生可能エネルギー、原子力の3つをバランスよく活用するとともに、石炭火力については、長期的に縮小していくエネルギー・ミックスを提示しています。また、発電所から排出される温室効果ガスを地中に保存するCCS(Carbon Capture and Storage)という新技術の実証実験にも力を入れていることも紹介されました。

さらに、経済成長と気候変動対策を両立する質の高い成長を確保するため、未来の国のデザインとして、省資源化に配慮したスマートシティやコンパクトシティの形成、新たな輸送システムの建設等により、100万人規模のGreen Jobを創出し、約90兆ドルの新たな市場が生まれるといった試算を紹介しつつ、低酸素社会の実現は、気候変動を防ぐことに加え、国の経済力の強化にもつながるとOppenheim氏は指摘されました。

さらにOppenheim氏は、「原子力は気候変動より危険か?」という難しい問題も提起されました。現在、日本は、原子力に関して特に慎重であり、原子力事故により放出され得る放射性物質に対して強い懸念を抱いている、と指摘しつつ、「将来のエネルギー政策決定には事実とフィクションを切り離すべき」ことを強調。原発事故に伴うリスクについては、喫煙や交通事故、さらには気候変動の深刻化に伴う災害の大規模化等、私たちを取り巻く他のリスクと比較した相対的な視点を持って認識をすべきこと、原子力の可能性を放棄するのではなく、絶えざる技術革新によりリスクを可能な限り抑制すべきことなどが必要であると主張されました。

Oppenheim氏は、英国が世界規模の気候変動の問題に真剣に取り組んでいるのは、気候変動に対する国としての責任を考えた時に、英国は世界をリードしなければならない存在であり、気候変動は「我々の世代」で解決すべき問題であるという認識を大切にしているからだと述べられました。気候変動に対して自国が果たすべき役割について、産業革命を起こした英国が抱く自負の強さが感じられました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、重厚長大型産業や大量消費型のライフ・スタイルを好む人々と、気候変動対策の重要性を共有するにはどうすればよいか、グローバルな気候変動対策の議論に途上国・新興国の建設的な関与を引き出すには何が必要か、そのために日本に期待される役割は何か、政府の政策に、長期的な一貫を持たせるには何が必要かといった事柄について、参加者とオッペンハイム部長との間で、活発な議論が交わされました。

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第8回 創造力とイノベーションについて


Mr. Patrick Newell TED×Tokyo 創設者
2015/02/25

2月25日(水)朝7時30分より開催した第八回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーにTED-Tokyo創設者・共同代表であるPatrick Newell氏をお招きし、「How do we best create new ideas?(新しいアイディアを創り出すための最良の方法とは?)」をテーマにプレゼーテンテーションを頂いた上で、参加者とオープンなディスカッションを行いました。

8つの異なる機関を運営されているNewell氏は自分を、「社長」ではなく、「自由人」もしくは「ちょうちょ(蝶)」であると紹介したうえで、約50名の参加者に対しこんなユニークな質問を投げかけました。

「過去1年を振り返って、‟バカなことをやっちまった瞬間(Ridiculous Moment)“が思い浮かぶ人は手を上げて欲しい。」
参加者の半数程度が手を上げたことを確認したうえで、Newell氏は続けます。「では、過去1か月は?この10日間ではどうだろう?」・・・最後の質問に手はほとんど上がりませんでした。「それでは、最近10日間で、大笑いした人はどのくらいいるかな?」・・・やはり、それほど多くの手は上がりません。
Newell氏は一息ついて、
「私たちは、十分に笑っていない。自分自身を笑い飛ばすことは、自らを、既存の思考や行動パターンから解放するうえで、とても重要なことです」
と強調しました。その上で、
「斬新なアイディアを創り出すうえでは、自分の思考を可能な限り自由にする習慣を持たなければならない。」
と指摘し、一例として、こんなアイディアを示しました。
「たとえば、誰しも自分の中に‟ジャマオジ“-即ち、新しいアイディアを提案し実行に移そうとする際に、リスクばかりを指摘して、‟邪魔をするオジサン”が居座っている。この‟ジャマオジ“による邪魔を防ぐためには、‟トシハン”-‟歳半分の自分“を想像してみるとよい。たとえば、今60歳の人なら、同じ提案を30歳の時に聞いたり、思いついたりしたら、どのように思考し、そして行動するかを想像するのだ!」
印象的でユーモアたっぷりのアドバイスに、会場は笑いに包まれます。

続いて、Newell氏は、思考を自由にしながら、「3のP」、即ち、「目的意識(Purposeful)」、「情熱(Passionate)」、そして「喜び(Playful)」を自分が最も感じることが出来るアイディアや対象を見出すための方法として、「Mind-map」という思考訓練の方法を紹介し、参加者が実際に体験する時間を10分ほど持ちました。その際、Newell氏は、
「もしも何も思いつかなければ、Mind-mapの中心に、ただ「アイディア」と書き、しばらく目を閉じてみよう。その上で、また考えよう。」
とのガイダンスを共有してくれました。

そして、Mind-mapのエクササイズを終えた上で、「良いアイディアとはどんな原則を満たすものだろうか?」という質問を会場に投げかけ、参加者からの意見を募りつつ、過去のTED-Talkにおけるいくつかの印象的なシーンを紹介しながら「Simple(単純で)」、「Concrete(具体的で)」、「Emotional(心を掻き立てられる)」、「Unexpected(想定外の)」、「Credible(信頼できる)」、「Story(物語)」を紡ぎだすことが、良いアイディアと呼べるものを創るうえでの大切な原則であると強調しました。

さらに、思いついた斬新で良いアイディアを実現するためには「RDF=Reality Distortion Field (現実歪曲フィールド)」を創り出し、他者と共有することが有効であると指摘します。RDFとは、「自分たちが今いる場所」と、「たどり着きたい地点」との間にある、途方も無いギャップが、何だか埋められる気がすると、自分自身、そして他者に思わせるような、プレゼンテーション、対話や、仕事の任せ方に関する方法であり、Appleの元CEOのSteve Jobs氏が得意とするスタイルとして同社の中で好んで使われる表現とのことです。

そしてRDFを効果的に作り出すうえでは、まず、自分自身がComfortable Zone(居心地の良い空間)から脱却する勇気を持つこと、他者に徹底的に自分の持てるものを与え、共有すること(Giving and Sharing)、そして、つながりそうもないことを、つなげる思考を採ること(Connect the un-connected)が重要であると指摘し、そのメッセージ性とユーモアにあふれた一時間のプレゼンテーションを終えました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、新しいアイディアを実現に移していくうえで、世代間の思考ギャップを超えるにはどうすればよいか、Newells氏自身のこれからの夢は何か、斬新なアイディアをもたらす‟第6感“を研ぎ澄まし、これを逃さないようにするために何が必要か、日常に埋没しないために持つべき思考や行動の習慣とは何か、といった意見や論点が出され、活発で双方向の議論が展開されました。

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第7回 移民を巡る議論について


Ms. Bibi Voyles 米国大使館 経済担当補佐官
2015/02/09

2月9日(月)朝7時30分より開催した第七回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーに米国大使館、経済担当官のBibi Voyles氏をお招きし、米国・欧州で議論沸騰の、そして、人口減少に悩む日本が今後向き合わなければならない課題「移民を巡る議論」についてプレゼーテンテーションを頂いた上で、参加者の皆様とオープンなディスカッションを行いました。

Voyles氏は冒頭の自己紹介で、ご自身のご両親がパキスタン出身の移民であることにふれ、自分の両親を含め米国には様々な国からの移民が増加しており、米国における人種や民族の多様化が今後も加速していくと説明されました。現在、米国に居住する移民のうち30%はメキシコからの移民であり、メキシコ以外の移民に関しては、米国東部はインド、中部はビルマ、西部はフィリピンからの移民が多く、州により出身国の傾向は異なるとのことです。

米国の移民全体の75%は法的に認められた移民であり、25%は不法入国による移民だそうです。米国の移民は年間360億ドルの経済効果を生み出していることに加え、農民やゴミ収集人等、低スキル・低賃金で働く労働力としても貢献しており、移民が米国に存在しなければ、米国人は高い賃金を得ることができないと述べられました。

続いてVoyles氏は、移民の受け入れ国は総じて移民を恐れがちであるが、国が経済低迷している場合、移民は経済的に重要な役割を果たすと指摘します。その理由として、①移民と犯罪との明確な相関はないことが報告されている、②不法移民であっても、移民は税金を払い母国に送金をしている、③移民により2倍の雇用が生み出されている、④移民は米国で不動産(家)を購入している、⑤移民は税金を払っているにも関わらず、公共サービスを利用する割合は米国人より8%低い、という点を挙げられました。
 
移民が抱える問題としては、米国人と比較して教育レベルが低いことであり、例えばインドで弁護士をしていたとしても、アメリカではタクシードライバーの職にしかつけない人々が多くいるそうです。そのため、移民による経済成長の鍵は教育にあり、現在、オバマ大統領のもと、STEM教育を移民に強化しようとしています。米国のノーベル賞受賞者の4分の1は移民であり、そもそもアメリカで生まれていない人々が素晴らしい業績を挙げている現状にあるそうです。また、教育により移民の賃金が上がれば消費が増えるため、賃金の上昇はGDPの上昇という経済効果に直結すると述べられました。
 
現在、米国での雇用の機会が減少しているため、移民数は低下しているそうですが、結論として、米国の移民は経済観念をミックスし、米国の経済を確実に拡大させる存在であるということ、そして、移民による経済成長の鍵は「教育」にあると締め括られました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、移民に関する合法・不法の定義、米国では氏名で差別されることがあるか、日本の移民問題や日本が米国の移民政策から学べること、リーマンショック後の就職支援に関して、活発な議論が取り交わされました。質疑応答の中で、Voyels氏はご自身のご経験から、米国は移民を受け入れており、自分が拒絶されたと感じたことはない、また、米国は移民に対して決してベストな政策はとっていないが、世界の中ではベターな政策を実行していると述べられました。

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第6回 遺伝子組換え作物/動物/医薬品をめぐる議論について


Mr. Evan Mangino 米国大使館 農業担当専門官
2015/01/28

1月28日(水)朝7時30分より開催した第六回PIPDセミナーでは、ゲストスピーカーに米国農務省で農業専門官として活躍されているMangino氏をお招きし、「遺伝子組み換え作物/動物/医薬品をめぐる議論」についてプレゼンテーションを頂いた上で、参加者の皆様と活発なディスカッションを行いました。

Mangino氏のプレゼンテーションは、「皆さんの中で、人類の経済活動に起因した地球温暖化が発生していると信じている人は挙手をお願いします」という問いかけで始まりました。ほぼ全員の手が上がったことが確認された後、別な質問が参加者に投げかけられました。「では、皆さんの中で、遺伝子組換え作物が安全だと考える人はどのくらいいますか?」今回は手を挙げた参加者は殆どいませんでした。Mangino氏はこう続けます。

「地球温暖化が人類の経済活動によって引き起こされていると‟100%確実に”証明できる科学者はいませんが、観察される様々なデータから導かれる研究結果を人々は信じる傾向にあります。遺伝子組替え作物に関しても、科学者は誰一人として‟100%”安全だとは言っていません。これを証明するのは不可能です。ただし、‟遺伝子組み換えでない食物、医薬品と比較して、危険であるという証拠は見つかっていない”のも、大量のデータに基づく事実です。しかし、多くの人々は、遺伝子組替え作物は危険であり、安全という主張はウソである、と信じる傾向にあります。」 Mangino氏はこう指摘したのち、人間は、未知な事柄に対して恐れを抱きやすく、「No」と言いやすい傾向にあることから、先入観を可能な限り排除し、データに基づく事実を踏まえた議論が大切であると主張しました。

プレゼンテーションでは、遺伝子組換え作物は、生活のあらゆる場面で利用されていることが具体的に紹介されました。例えば、糖尿病の治療に用いられるインスリンは、遺伝子組換え大腸菌により製造されており、市販されているチーズの約9割には、遺伝子組換え大腸菌によって生産されるレンネットという酵素が使われている他、市販されている食用油の殆どが、その原料に遺伝子組換え大豆やナタネが使われているそうです。また、19の発展途上国を含む27各国で約1,800万戸の農家が遺伝子組換え作物が栽培されており、大豆、綿、トウモロコシ、ナタネが世界4大遺伝子組換え作物と言われています。ハワイでは、栽培に適さない土壌でも育てられるように、ウィルス耐性の遺伝子組換えのパパイヤを栽培しており、レインボーパパイヤとして日本にも輸出しているそうです。  
 
遺伝子組換え作物は安全でないと捉えられがちですが、遺伝子組換えにより、通常の作物より機能的に優れた性質を獲得しているケースもあるとのことです。Mangino氏は一例として豊富なビタミンを含有するゴールデンライスにより、栄養失調に伴うビタミンA不足による失明や死亡のリスクと隣り合わせにある途上国の子供たちを救うことが出来ると指摘。また、ジャガイモなど炭水化物を多く含む原材料を高温で加熱調理した時にできるアクリルアシドという成分は発ガン性が指摘されていますが、遺伝子組換え技術によりアクリルアシドの含有量が少ないジャガイモが開発されているそうです。このように、遺伝子組換え技術により通常の作物よりも健康に対する安全性が向上している作物が提供されているにもかかわらず、遺伝子組換え作物に対する感情的な恐怖心や拒否感により、これらの流通が阻まれていることが指摘されました。

遺伝子組換え作物については、総じて、EU諸国は懐疑的、日本はやや懐疑的、アメリカは受容的な傾向にあったが、近年、全体的に、より一層懐疑的な方向にシフトしつつあるそうです。Mangino氏は、「遺伝子組換え作物に限らず、アルコールやカロリーの高い食事は、健康に悪影響を及ぼし得る」と指摘しつつ、「遺伝子組換え作物に関して人々が漠然とした恐れを抱くのではなく、事実を認識した上で、リスクだけでなく、便益も踏まえてその受容れの是非を判断すべきである」と主張されました。

プレゼンテーション後の質疑応答では、遺伝子組換え作物を長期的に摂取することに伴うリスク、遺伝子組み換え種子等を生産する米国の巨大企業に、途上国の農家が依存する結果発生する食糧安全保障上の問題、保守的傾向を持つ農家に対して新技術を受け容れてもらう際の課題、そして遺伝子組み換え作物を輸出している米農家自身は、これらを消費しているか、といった論点について、活発な議論が行われました。

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第5回 日米防衛協力の指針見直しを巡る議論について


Ms. Thu Nguyen 米国務省軍事・安全保障専門官
2015/01/14

1月14日(水)朝7時30分より開催した第五回PIPDセミナーでは、ゲスト・スピーカーに米国大使館、政治・軍事問題担当官のThu Nguyen氏をお招きし、「日米防衛協力の指針見直しを巡る議論」でのプレゼンテーションとディスカッションを行いました。

Nguyen氏は冒頭、日米防衛協力の指針(以下「ガイドライン」)見直しの前提として、1960年のサンフランシスコ講和条約に始まる日米安全保障条約の締結と、その後の歴史的な展開を紹介されました。

具体的には、日米安全保障条約の第4条と第5条が、日本国憲法第9条の規定を踏まえ、安全保障における日本と米国の責任の違いを明らかにしていること、そして、両国にとっての安全保障上の課題が、冷戦時のソ連への対応から、90年代には北朝鮮のミサイルへの対処、そして今世紀に入り海賊やテロ対策、そして増大する中国の軍事力への対応といった形で、変化を続けていることに触れ、現在検討されている「ガイドライン」見直しの趣旨は、こうした安全保障上のコンテキストの変化に日米が適応していくことにある、といった点を説明されました。

1997年の前回見直しから18年を経て実施される今回の「ガイドライン」見直しでは、宇宙・情報・サイバー空間における新たな安全保障上の脅威等、変容する安全保障環境に対応するために、①日米間の安全保障上の連携をよりグローバルな広がりのあるものとすること、②そのために、各地域の多様なパートナーと連携できる体制を整えること、③日米の関連機関間の情報共有をより一層強化すること、④「平時」と「有事」とを単純に区別するのではなく、自然災害も含め、その間にある多様な事態に切れ目無く(seamless)柔軟に(flexible)対応できる体制を整えること等が主要な課題であると説明。特に、昨年末のソニー米国子会社のハッキング事件にも触れながら、サイバー空間の拡大に伴い、サイバー攻撃の脅威が増していることを指摘されました。日米間では、こうした新たな脅威に関する情報と知識・技術の共有や、共同訓練の実施に取り組んでいることも紹介されました。

プレゼンテーション後の質疑応答とディスカッションでは、日本人のテロに対する認識を高める上での課題、米国世論や専門家の間での日米安保問題に対する認識の程度、沖縄知事選の結果を受けた基地移設問題の今後の展開、日米安全保障条約の米国にとってのメリット、日米間の安全保障上の情報共有の具体的なアプローチと内容、そして日本国憲法第9条や靖国神社問題の見方等について、活発な議論が展開されました。

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第4回 バングラデシュ農村部に起こった教育革命


Mr. Abdul Matin Sheikh (Maheen) E-Educationプログラム創設者、Bacbon foundation代表
2014/12/10

12月10日(水)朝7時30分より9時まで開催した第四回PIPDセミナーでは、ゲスト・スピーカーにDVDを活用した遠隔地教育システムで農業・教育の格差を埋めるInnovativeなビジネスを展開中のバングラデシュの若き社会起業家マヒン・マーティンさんをお招きして、社会変革をもたらすソーシャル・ベンチャーの可能性と挑戦について議論しました。なお、社会起業家に贈られる様々な賞を受賞し、日本・バングラデシュのメディアでもその活躍が取り上げられているマヒンさんの横顔とビジネス・モデルについては、下記の記事より参照いただけます。

http://news.livedoor.com/article/detail/9272813/

マヒンさんのプレゼンテーションは、ご自身の生い立ちから始まりました。バングラデシュの南部、大河の川沿いにあるチャンドプール県ハムチャ村の農家の長男として生まれたマヒンさんは、経済的理由で高等教育をあきらめた姉に代わって自分が大学へ進もうと、鉄の意志をもって不眠不休の勉強を続けた結果、見事、バングラデシュ最高峰の国立大学であるダッカ大学の開発経済学部へ合格しました。ハムチャ村から大学進学者が出たのは実に40年ぶりのことでした。マヒンさんは、自分以外にも、有望な若者は農村部に大勢いるものの、彼らの高等教育進学を阻む高い壁があると指摘します。それは、難関校合格には、「一時間で90問」を「9割以上正解する」ために必要なテクニックを教えてくれる予備校に通うことが必須であり、そのために月々1万タカ以上の月謝が必要であること。ダッカ大学をはじめとするバングラデシュの国立大学の学費は月々20タカ(約20円)程度、無料の学生寮に入ることが出来、食費も半額は国からの支援が出るそうですが、予備校に必要な学費という壁により、たとえば、ダッカ大学のマヒンさんの同級生の殆どが、こうしたサービスを地理的・経済的に活用できるダッカに住む裕福な家庭の子供たちだったのです(注:バングラデシュの小学校教師の月給は平均で8,000タカ程度)。

「どうしたら、都市と農村、富裕層と低所得層との間に存在する教育格差を埋め、意欲とポテンシャル溢れる村の後輩たちに、高等教育への道を開くことが出来るだろうか・・・?」

思い悩んでいたマヒンさんが出会ったのが、グラミン銀行総裁のユヌス博士のような社会起業家を夢見てバングラデシュに乗り込んでいた早稲田大学の学生(当時)の税所篤快君でした。マヒン君の問題意識を聞いた税所君は、日本の代々木ゼミナールが提供しているような「ビデオ教育」が、農村部の学生たちの前に聳える壁を打ち破る、シンプルだが効果的な方法ではないかと提案。「カリスマ講師」の名が高い、数学や英語の予備校講師にコンセプトを説明して支持を得たうえで、彼らの授業をビデオで撮影、これをDVDにコピーしてラップトップ・コンピューターともにハムチャ村に持ち込んで始めたのが、E-Education Projectでした。結果、過去40年間、マヒンさん以外に大学進学者すら出ていなかった村から、1名のダッカ大学合格者と4名の名門国立大学合格者が生まれるという奇跡のような結果がもたらされました。現在4年目に入ったE-Education Projectは、東京大学の研究費や世界銀行との協働を通じて、利用者である学生からの負担を最小限に抑えつつ、スケールアップを模索して試行錯誤を続けているとのことです。

現在、マヒンさんは、DVD教育を活用した同様のアプローチで、チョール(中洲)地域の農業生産性向上に向けた「E-Farming」プロジェクトも展開中。政府の農業普及員がアクセスできないために生産性の低い農法を続け、大消費地から離れているが故に、中間販売業者や物流業者に搾取されている中洲地域の農家の生活水準の向上を目的に、農業の専門家による効果的な大豆農法をわかりやすいビデオ講座として収録、収穫量の高い種子とともに中洲地域に持ち込んで農家と共有しています。生産された大豆は、中間業者を通さずに、マヒンさんの会社が直接チャンドプール市内やダッカ等のマーケットに販売することで、農家にとっても、マヒンさんの会社にとっても、大きな利益が期待できます。さらに、拡大した収穫量と売上で得た所得については、共同の貯蓄プールをつくり、これで、トラクター等の農業機械を共同購入する計画を策定中。日本の農協のようなモデルをバングラデシュの中洲地域に打ち立てようと奮闘中です。

マヒンさんからの熱意溢れるプレゼンテーションに続く質疑応答では、特に財務面からE-Education Projectの持続可能性を確保するうえでの課題、縫製業などの他業種への同じモデルの適用可能性、他機関とのコラボレーションのあり方、挫折を乗り越え変革を起こすうえで最も大切な要素である「自信」の源とは何かなどについて、活発な意見交換が交わされました。

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第2回 女性の社会進出促進-ウーメノミクス-への期待と課題

Ms. Roshni Nirody キャロライン・ケネディ米国大使特別補佐官
2014/11/13

11月13日(木)朝7時30分より開催した第二回PIPDセミナーでは、ゲスト・スピーカーにCaroline Kennedy米国大使の特別補佐官を務められているRoshni Nirody氏をお招きし、「女性のより一層の社会進出の促進-Womenomicsーへの期待と課題」というテーマにてご講演いただきました。

Nirody氏は冒頭、近年アベノミクスの文脈で女性の社会進出が議論されているが、この問題は安倍政権が成立する以前からの長期的な問題であり、また女性だけでなく、現在労働市場で十分な評価を得ていない、あるいは労働市場への参加を阻まれている若者や海外留学から日本企業に就職を試みようとする人々にも当てはまる問題であると指摘されました。

そして、2060年には人口に占める高齢者の割合が4割に達し、労働力人口の減少が見込まれるなかで、労働力の在り方について再定義することが、日本が新しい環境に適応していくうえで重要となると述べられました。

プレゼンテーションの中では、日本は他のOECD諸国と比べ、企業の管理職における女性比率やジェンダーギャップの大きさなど、女性の登用に関するインデックスが総じて低いことを指摘した上で、アベノミクスによる成長戦略の機動力として労働市場での女性の活躍を後押しするためには、労働環境における「フレキシビリティ」の確保が重要であると強調されました。長時間労働の勤務形態を見直し、勤務場所をオフィスに限定せず在宅勤務を広く認めることで、社員に自由度を与えながら生産性や満足度を高めることに成功した米国のシリコンバレーのケースを引用し、日本においても男女を問わず多様な働き方が許容される社会の構築や、労働環境における男女不平等をなくすための法整備等が今後の課題であると指摘されました。そして、こうした変化を実現するには、企業経営陣や政府によるトップダウンの制度改革だけでなく、職場の環境を変えていくための働く一人一人の行動が大切であると指摘されました。

講演に続く参加者との質疑応答では、男女の働き方に対する日本人の固定観念や、女性が働き続ける上でのメンターやロールモデル、ネットワークの存在の重要性、夫婦別姓に代表される男尊女卑等の文化的な背景、そして社会進出だけでなく専業主婦/主夫という選択も含め、個人が取ることのできる選択肢の拡大の重要性等について、活発な議論が行われました。

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第1回 アベノミクスの展望と課題

Mr. Giovanni Ganelli IMFシニア・エコノミスト
2014/10/22

10月22日(水)朝7時30分より霞ヶ関にて、ゲスト・スピーカーにIMF(国際通貨基金)のシニア・エコノミストであるGiovanni Ganelli氏をお招きし、「アベノミクスと日本経済」というテーマにてご講演いただきました。

Ganelli氏はご講演の中で、日本経済を自律的な成長軌道へと乗せていく上での鍵となるアベノミクスの3本目の矢である成長戦略は、正しい方向であるが、より野心的な内容を実行していくことが重要であること、その際、①生産性の向上、OECD諸国の中で最も低い水準である最低賃金の引上げ、及び正規雇用契約と非正規雇用契約との間に存在する差異の縮小等を通じたベース賃金の増加、②女性や外国人の労働市場へのより一層の参加促進、及び③コーポレート・ガバナンス改革の推進による株主の声の企業経営への反映等が重要な課題であると指摘されました。

講演に続く参加者との質疑応答では、農業部門の改革が日本経済の成長に及ぼす影響、日銀による量的・質的金融緩和の出口、今後見込まれる消費税率の引上げの日本経済に対する影響、逆に消費税引上げを見送った場合の影響、そして、PFI(Private Financial Initiative)方式による民間資金とノウハウを活用したインフラ整備・維持管理推進の意義等について、活発な議論が行われました。

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