HISTORY

私たちの歩み


2000年 初夏
当時、学生として国家公務員を志して官庁訪問(国家公務員志望者向けの就職活動)中だった池田洋一郎と佐藤正弘が、某省の待合室で出会う。

面接までの時間、自らの志について意見を戦わせ意気投合する一方、自分たちに接する省庁の職員が、他省庁へのネガティブ・キャンペーンを展開したり、有望な学生を他省庁から引き離すために会議室に長時間“拘束”したりする姿を目の当たりにし、官庁のセクショナリズム(縦割り)の酷さに愕然とする。

2000年 初秋 ~ 2001年 春
内定を得た二人は、官庁訪問中に共有した問題意識を胸に、様々な省庁の内定生9名からなる「新生省庁一期生有志による行政セクショナリズム勉強会」を立上げ、セクショナリズムの原因や解決策を探った。

入省までの半年間、メンバーは頻繁に集まり、時には合宿で明け方まで議論を戦わせ、報告書「行政セクショナリズムの分析及び解消のための行政改革構想~我々が切り拓く未来~」を公表。

報告書では、役所の縄張り争いに回収されないセクショナリズムの構造を明らかにするとともに、セクショナリズムを打破する新時代の政策形成プロセスとして、世に先駆けて「政策市場」の制度構想を考案。またメンバー自らも、「政策市場」で活躍する未来の政策プロフェッショナルとして、

「入省後も狭い“霞ヶ関村”にこもっているのではなく、広く社会の多様な人々と接し、ともに「公」について考え行動するとともに、自己を成長させていきたい」
「永田町、霞ヶ関周辺でしか通じない「方言」を使うのではなく、全ての人にしっかりと意思疎通、説明責任を果たせる官僚でありたい」

との想いを共有。
こうした想いは、「政策市場」の制度構想とともに、今もCrossover21の理念的な柱となっている。

2002年 春
行政セクショナリズム研究会メンバーの一部が中心となり、若手官僚、ビジネス・パーソン、政治家やNPOのリーダー等を集め、初めての「異業種ディスカッション大会」を開催。

当初単発の試みとして企画したイベントに、官民様々なフィールドから100名を超える人々が集まり、会場は大きな熱気につつまれた。

イベント終了後、継続を求める参加者の声に応える形で、2002年4月3日、正式名称を「若手政府職員主催・官民協働ネットワークCrossover21」として、Crossover21が正式にスタートを切った。
同時に、ネットワークのミッションを、「セクショナリズム打破」から「政策市場の実現」へと昇華。

2003年
年初に第2回の異業種ディスカッション大会を開催。
「異業種ディスカッション大会」を契機に、「NPOスタッフと若手官僚の交流サロン(通称:GNサロン)」や「金融経済勉強会」など、今も活動を続ける新たな勉強会が誕生。

2004年 春
4月に第3回異業種ディスカッション大会を開催。

Crossove21のスタッフに、立上げ当初のメンバーであった中央省庁の若手職員に加え、想いを共有するビジネス・パーソンや政党職員、NPOスタッフ、大学生等が参加。

2005年 春
4月に第4回異業種ディスカッション大会を開催。
会員用メーリングリストに加え、Crossover21のウェブサイトを立ち上げ。
分科会として、「政策市場創設に向けたスタディ・グループ」が始動。月1回の勉強会を通じて、米国の民間非営利シンクタンクの動向等を調査。

2006-2008年
引き続き年一回の「異業種ディスカッション大会」、メーリングリスト上での会員間の情報交換を通じて活動を継続。会員数が500名を超える

2009年
毎年恒例の「異業種ディスカッション大会(3月)」に加え、世界金融危機と環境問題にテーマを絞った「フォローアップ・ディスカッション大会」を5月、8月に開催。

2010年
Crossover21のウェブサイトを全面刷新。
Crossover21会員専用ウェブ・コミュニティの立ち上げ。

2014年
英語でCrossover!! 「Platform for International Policy Dialogue」の立上げ。